カグツチ帰郷物語

※ 本作品は、『IZUMO2 学園狂想曲』ハッピーエンド後を前提とした、連載SSです。

第1章 帰ってきたカグツチ ※PDF版 (375kB)

第2章 美由紀帰国 ※PDF版 (349kB)

第3章 出雲町の愉快な住人たち

第4章 IZUMO探検隊

幕間


34. 大斗瑞親――柳鉄舟に魅せられた男

ある日の大斗邸。

自分の刀剣コレクションを整理している瑞親と、たまたまその場に居合わせた美由紀の会話である。

「へえ……これみんな、柳鉄舟って人の作品なんですか」

「うむ。手元の品がだいぶ増えてきたから、状態のいい物は記念館の方に移そうと思い、今整理しているところでね」

普段は冷厳な瑞親だが、どうも美由紀の前では勝手が違うようだ。

実は瑞親は、六介に師事していた大学生時代、まだ小学生だった美由紀に勝負を挑まれ、まさかの完敗を喫したことがある。

「剣道三倍段」とは言うものの、それは自分の間合いを生かせればの話。まして相手は格闘技の天才である。体格の差を逆に生かした美由紀の、相手の懐に入って正拳を打っては素早く引くの繰り返しに、瑞親は全く手も足も出なかったのだ。

その経験が、未だに瑞親にはトラウマになっているようである。

さて、その瑞親のコレクション。刀剣ばかりが居並ぶ中で、美由紀はある物に目を付けた。

「……三味線?」

そう。ごく普通の三味線である。少なくとも見た目だけは。

「ああ、これは先日手に入れたばかりの品でね。これも、れっきとした鉄舟の幕末期の作品だ。まあ、かなりの変わり種には違いないがね」

しょっちゅう六介が話のネタに語っていたのだろう。美由紀も、歴史に残る刀匠である柳鉄舟の名前ぐらいは知っている。それだけに――。

「何で、刀鍛冶が楽器なんて」

すると瑞親は、待ってましたとばかりにニヤリと笑った。そして、問題の三味線を両手に持ち、その裏側を美由紀の側に向けた。

「無論、ただの三味線ではない。この、さおの真ん中当たりに隠しボタンがあるだろう。これを押すと――」

そう言って瑞親がボタンを押すと、三味線の胴の先から、内部に収納されていた小さい刀身がジャキン!とバネ仕掛けで飛び出してきた。

「仕込み槍!?」

「そうだ。何でも、鉄舟が舶来のジャックナイフをヒントに、庶民向けの護身用として開発したものだそうだ。もっとも、見ての通り刃こぼれも血の跡もないところから見て、実際に使われたわけではないようだがね」

そう言って、瑞親は苦笑いを浮かべた。

「柳鉄舟は、美術工芸品へと傾斜していた日本刀に背を向け、あくまで武器としての実用的価値にこだわった、当時としては珍しい刀匠だった。それ故、幕末の動乱がなければ、鉄舟はただの変わり者で終わっていただろう。まさに、時代が呼び寄せた刀匠だった。

しかし一方で、鉄舟は時代の変化をありのまま受け入れる柔軟さを持ち合わせた人物でもあった。文字通り刀一筋だった彼も、特に明治以降は、西洋刀剣や弓矢、果ては調理用の包丁やナイフも手がけるようになる」

そして瑞親は、傍らにあった弓を手にした。

「例えば、この弓も鉄舟の晩年の作だ。半年前に、とあるご婦人から無理を言って譲って頂いた物だ」

「とあるご婦人」とは七海のことなのだが、もちろん美由紀は知るよしもない。また、七海がどういう経緯でこれを入手し、かつ瑞親に譲ることになったかについても然りである。

「私は今、大斗コンツェルン総帥という地位にある。世間は私をうらやんでいるだろうが、好きで就いた地位ではない。たまたま私が先代総帥の長男だったから、若くして亡くなった父の跡を継がされたに過ぎんよ。本当は、塔馬先生のように剣の道を究めたかったのだが、その夢も諦めざるを得なかった。この刀剣コレクションは、いわばその代用行為というわけだ」

静かに語る瑞親に対し、しかし美由紀は本来の年齢相応に戻って問いただした。

「そういう大斗さんが、なぜ剛君に強引に自分の跡を継がせようとするのですか」

半年前、剛たちに何があったかは、既に当人から聞いている。そのことを踏まえての詰問だった。

しかし、瑞親の回答は意外なものだった。

「あれは、彼らが本気かどうか、テストしただけだ。

社会も変わり、既に親から子へと企業を引き継ぐような時代ではないし、元より、そんなつもりで剛を養子に迎えたわけではない。私のあとを任せられる人材なら、他に社内にいくらでもいる。

あの一件で、私は剛が本気で私から、そしてこの世界からも既に自立し、私が成し遂げられなかった夢――剣の道を究める覚悟が出来ていると確信した。今の私に出来る事は、そんな剛を陰から見守るだけだ。

まあ、当人の前で明かせる事ではないがね」

「はあ……」

瑞親の言葉に偽りはないと、美由紀も思う。しかし、そんな真意を明かすことなく、いたずらに試練を与え続けることが本当に正しいのか、美由紀に疑いの心が残る。

「柳鉄舟は、世の雰囲気に惑わされることなく、ただひたすら自分のしたい事、自分の作りたい物を貫き通し、逆に時代を自分の方へ引き寄せてしまった人だった。周りが敷いたレールに乗っかっただけの私は、そんな鉄舟の生き様に魅せられ――」

突然、ジリリリリーンと電話が鳴った。

「もしもし。……そうか。……分かった。明朝すぐに出よう。うむ、それでは」

瑞親は受話器を置いた。

「仕事ですか?」

「いや。長野に鉄舟ゆかりの品があると聞いて、ずっと交渉を続けていたのだが、やっと先方から売ってくれるという返事があったとの連絡だ。明日は早いし、今晩はこの辺にして寝ることにする」

それだけいうと、瑞親はとっととコレクションをしまって、自分の個室へと行ってしまった

〈何だかんだ言って、大斗さんも自分の好きなように生きてると思うけど〉

シアトルに戻れば「ちょっと空手が強いだけの、ただの専業主婦」の美由紀は、そう思ってため息をついた。

※ 一部修正。例の弓が玄武→七海→瑞親と渡ったことが判明したので。(2006-11-14)

35. 北河綜源――北河神社の神主さん

出雲町の山側に広がる森の中にある小さな社。名を北河神社という。

森の澄んだ空気と、草花の匂いに包まれた境内に聞こえてくるのは、小鳥の鳴き声や、ふもとから降りてくる出雲学園の本鈴の音ぐらいである。

そんな静かな境内の隅に建つ住居の庭で、北河綜源はひとり、茶をすすっていた。

綜源が北河神社の神主となって30年余り。ずっと独り身で、ここ10年は養女・麻衣との二人暮らし。その麻衣が学園にいる間、境内にいる人間は綜源ただ一人となる。

しかし彼は、それを孤独と感じたことはない。境内で自然と語らいながら、悠然と時の流れに身を委ねる術を得た綜源にとって、自分は「独り」ではないのだから。

ほら、今日もまた、「自然」の方から彼に近寄ってきた。

「綜源殿、お茶菓子などはいかがですか?」

いつの間にやら、桃のかぐわしい香りを身にまとった“女性”が一人、綜源の前に立っていた。

「やあ、これら桃花(とうか)殿、かたじけない」

旧知の間柄である彼女から、綜源は差し出された栗饅頭を受け取り、早速一つ口にする。

「しかし、桃の精が栗饅頭とは、変わった取り合わせですなあ」

「いえいえ。いにしえより『桃栗三年柿八年』と申します」

「ははは、これはまた、うまい事を言う」

そう言って、綜源は笑った。

20年ほど前のある夜、眠りに就こうとした綜源の枕元に突然、見慣れない衣装をまとった女性が現れた。聞けば、自分は森の奥を住みかとしていた桃の精で、事情によりそこを離れなければならなくなったので、この境内に置いて欲しいとのこと。綜源は彼女の懇願を聞き入れてやった。

そして翌朝、目を覚ました綜源が外に出て見ると、何もなかったはずの社殿の脇に、立派な桃の木が1本、植わっていた。以来、この桃の木はご神木として扱われ、桃の精――桃花は時折、こうして綜源の前に姿を現すという。

不思議な事もあるもんだと、後年、綜源は振り返るが、それをすんなりと受け入れる綜源もまた、ただ者ではない。

おやおや。どうやら、お客さんがもう1匹現れましたよ。

「にゃあ」

猫ではない。やはり森を住みかにしている狐である。

「あら、タマモさん」

「ん、何じゃ。お前も饅頭が欲しいか?」

「にゃあ」

そうだと言うように、狐は更に綜源に近寄り、尻尾を振った。

「おお、そうかそうか。ほれ」

そして綜源が饅頭を一つ狐の目の前に差し出すと、狐はすかさずパクッとくわえた。

「しっかし、狐は警戒心が強い獣じゃというが、お前は違うのう」

すると、桃花が笑みを浮かべて言った。

「タマモさんは狐というより妖狐ですから。綜源さんが自分に害を加えない人間だと分かるんですよ」

「にゃあ」

それに同意するように、狐は一声鳴いた。

綜源が北河神社の神主となって30年余り。ずっと独り身で、ここ10年は養女・麻衣との二人暮らし。その麻衣が学園にいる間、境内にいる人間は綜源ただ一人となる。

しかし彼は、それを孤独と感じたことはない。

――なぜなら、彼はこのように「人でない友」に囲まれているのだから。

36. 八房――万年欠食精霊

精霊でも、腹は減るらしい――。

「クウ~~~ン……」

出雲学園の隅に鎮座している小さなほこらの前で、灰色の毛に覆われた犬が1匹寝そべっていた。

こうして見ると、こいつが鬼の如き強さを誇る精霊・八房(やつふさ)とは、とても思えない。

〈うう……腹減ったよお〉

八房よ。お前の目の前にある、その空っぽの弁当箱は何かな?

〈これっぽっちじゃ、足りないよお……〉

あの弁当盗難事件以来、女性陣(芹を除く)が交代でこうして八房に餌をやっているというのに、ぜいたくな野郎だ。

〈ボクはメスだよお……〉

メスが「ボク」なんて一人称使うんじゃない。

〈今どき、ボクキャラなんて珍しくないよ〉

そうだな。あの「たい焼き食い逃げうぐぅ」もボクキャラだし。

〈ボクは食い逃げなんてしないよ〉

おんなじだ。精霊ともあろう者が、弁当泥棒なんかするんじゃない。

〈凄くお腹がすいてたんだよ~〉

だから、あゆあゆの台詞をパクるなというに。

そして八房は姿を消し――って、どこへ行った!?

〈ふふ……今日も一人だね、おじいちゃん〉

再び八房が姿を現した場所は、北河神社の境内だった。

八房が見た通り、神主は今日も、自宅の庭でひとり茶をすすっている。桃花やタマモの姿もない。

〈今がチャンス!〉

そして八房はいつものように、そっと本殿へと歩を進める。目指すは、神棚にあるお供えの団子。

……って、そんなことしとったんかい!?

そして、八房が本殿へと足を踏み入れる寸前だった。天空より何かが降下する音がキーンと――。

「そう、やっぱり八房だったのね」

麻衣は呆れて、“不意打ち急降下突っつき攻撃”により目を回してぶっ倒れている八房を見やった。

「全く。精霊の風上にも置けないね、こいつ」

その麻衣の横で、いつぞやの復讐を果たしたヤタロー(人間モード)が、してやったりとほくそ笑む。

それにしても八房、上空でずっとヤタローに見張られていたことに気付きもしなかったとは、間抜けにも程があるぞ。

37. 玄武――当たるも八卦、当たらぬも八卦

こちらは、学園の保健室。

そこにいるのは、なぜか保健医をしている玄武(正確には第4話で触れた通り、玄武の「影」)と、先ほど体育の授業で膝を擦りむいた芹の二人。ちなみに、その授業を担当したのはやっぱり玄武。

そして、ただ今、玄武が芹の擦り傷に薬を塗っているところなのであった。

「ううっ、染みる~~~~(涙)」

「我慢なさい、芹ちゃん。……はい、おしまい」

傷口の上にばんそうこうを貼り、治療完了。

「それでは、失礼します」

そう言って、芹が退室しようとした時だった。

「あっ、そうだ。芹ちゃん、時間あるでしょ。ちょっと付き合わない?」

確かに、もう放課後だし、芹は帰宅部だから、時間はある。

「何、玄武さん?」

「これよこれ。ジャーン!」

そう言って、玄武が机の引き出しから取り出したのは、一揃いのカードだった。

「……トランプ?」

そう。遠目にはトランプにしか見えない。

「外れ。占い用のタロットカードよ。ただし、玄武様オリジナルの」

芹が改めて見ると、確かに普通のタロットとは違う。何しろ、そのカードの1枚1枚に描かれていたのは――。

「これ、みんなあたしたちじゃない。知らない人も多いけど」

「ふふっ。何を隠そう、IZUMOシリーズ全4作のキャラクターを描いた大アルカナ、全部で70枚よ!」

玄武よ、本当の大アルカナは22枚なんだが。それと、メタな発言は禁止。

「よくもまあ、そんな物を作ったわね」

ため息をつく芹。

「で、せっかく作ったんだし、占っていかない?」

「……まあ、いいけどね」

芹も年頃の女の子。人並みに占いには興味がある。もっとも、玄武の占いがどこまで信用できるかは保証の限りではないが。

「うん、そうこなくっちゃ」

玄武はテーブルを用意し、テーブルを挟んで自分と向かい合うように芹を座らせた。

そして、玄武は一方的に芹に告げる。

「それじゃ、定番ということで、恋愛運でいいわよね? 芹ちゃん、猛に振られたばっかりだし」

「それを言うなあっ!」

芹の魂の叫び(笑)を聞き流し、玄武はカードを手際良くシャッフルする。そして、5枚のカードを裏返しのまま横に並べた。

「それじゃ、やり方を説明するわ。といっても、あなたはあたしの指示に従って、ここにある5枚のカードのうちの1枚を選ぶだけだけどね。

『起承転結』って言葉は知ってるわよね、4コマ漫画の。

芹ちゃんには4回カードを選んでもらうから、選んだ順にそれを『起承転結』に当てはめて、あたしが読み解いていくっていう仕組みよ」

「……タロット占いに、そんなのあったかしら」

「これも玄武様のオリジナルよ。さあ、分かったら、さっさと1枚目を選んで」

「うーん……じゃあ、これ」

芹が指差したのは、玄武から見て右から2番目のカードだった。

「これね? さーて……」

玄武がゆっくりとめくる。そのカードは――。

「……青竜さん?」

「『青竜』かあ。でも、これ逆位置ね」逆位置とは、カードが上下逆に置かれているということ。「正位置なら『先鋒、優雅、土(属性)に強し』なんだけど、逆位置ってことは……」

「ってことは?」

「『期待外れ、見かけ倒し、金(属性)に弱し』」

それを聞いて、ズルッとずっこける芹。

「何で青竜さんが『期待外れ』なのよ!?」

「だって、あたしたち四聖獣の中じゃ最弱だし」

「……あんたたちが強すぎるんでしょ」

「まあ、まだ1枚目だから、ここからいくらでも挽回(ばんかい)できるわよ。ささ、次を選んで」

「はあ……じゃあ、これ」

芹が選んだのは、右端のカード。

「さあ、誰が出てくるかなあ……」

そして、めくると――。

「……誰、これ?」

芹が知っているはずがない。だって『IZUMO零』キャラだし。

「『玉城茂雄(たまき しげお)』。琉球の唐手(からて)家で、格闘の達人よ。しかも正位置だからプラス面で『強力、信念』。うん、これはいいんじゃない?」

「占い師が疑問符付けないでよ」

「さあ、この調子でいきましょ。さあ、3枚目は?」

〈……何か、こっちが遊ばれてる気がしてきた〉

そんな言葉を呑み込み、芹が無言で指差したのは左端のカードだ。

「これね。さーて……うわあ」

めくった途端、玄武の顔を一転引きつる。

「ど、どうしたの!?」

「何で、ここで『坂下留美(さかした るみ)』の逆位置を引くかなあ。『親友からの裏切り』としか解釈できないじゃない」

「何よそれ!?」

ちなみに「裏切った」のは芹の母親なんだけど、それは言いっこなし。

いよいよラスト。残るは左から2枚目と真ん中のカード。

「お願い芹ちゃん。どうかいい方を選んで」

「それ、占い師の台詞じゃないわよ」

呆れ顔で芹が選んだのは、左の方だった。

「さあ、運命の4枚目は……はあ」

めくった瞬間、玄武げんなり。

「『ヤタロー』のどこがいけないのよ」

「だって逆位置だもん。正位置なら『姉妹愛、種を越えた友情』だけど、逆位置だから……」

「だから?」

「……『生まれることなく死んだ魂』」

「…………」

あ。芹の目が点になった。

「さて、以上の4枚を読み解くと――。

中身のない金持ちのボンボンに引っかかり(青竜・逆)、

押しの強さで、逆に相手をリードしていくが(茂雄・正)、

結局は、相手に裏切られ(留美・逆)、

失望の中で死ぬ(ヤタロー・逆)。

――芹ちゃん、あんた恋愛諦めた方がいいわ。さもないと、捨てられた挙げ句、早死にするわよ」

「……あたし、帰る」

トボトボと保健室を出ていく芹。気のせいか、芹の背景が真っ暗闇だ。

一人残った玄武がつぶやく。

「まあ、物は言い様で、要は金持ちに騙されずに堅実に生きなさいってことなんだけどね」

だったら玄武、最初からそう言えよ。

「そういえば、この残ったカードは何だったんだろ?」

そう言って、芹が選ばなかった真ん中のカードを試しにめくってみた。

「……芹ちゃん、ほんとにツキがないわ。これ引いたら『一発逆転、大願成就』だったのに」

そのカードは――『玄武』の正位置だった。

※ 台詞の前後に無条件に付けていた強制改行を見直し、表現を修正しました。(2006-11-23)

38. 朱雀――必殺「料理でお仕置き」人

で、前回のその後。

「はあ……人生って何なのよう」

ご存知、朱雀の料理店で、芹が来店から10度目の繰り言を発した。

「まだ言うとんのかいな、芹っちは。ほれっ、ケーキセットお待ちー」

店主の朱雀が、芹の注文の品を自ら持ってきた。

「ありがと」

それだけ言うと、芹はショートケーキを一かけらだけフォークで取って、口に入れる。

「全く。所詮は玄武のインチキ占いやんか。んなもん、マジに取るんやないで」

「そうだけど、ああもはっきりと言われたら……。ううっ、あたしって親子共々、恋に恵まれない薄幸のヒロインなのね」

自分でヒロインって言うかね、芹は。

「しゃーないなあ。まあ、いずれうちがお仕置きしたるさかい――」

その時、店内の電話がジリリリリーンと鳴った。朱雀が出る。

「はーい、朱雀亭――なんや、玄武かいな。おお、いつものチャーシューメンやな。おおきに」

受話器を置いた直後、朱雀がニヤリと笑った。

……気のせいか、朱雀の背後に赤黒い炎が見える。

「うまい具合に、玄武から出前の注文や……」

朱雀の邪悪な笑みに、さすがの芹も引いた。

「あ、あの、朱雀さん、まさか毒を盛るつもりじゃ――」

「あの姉御に毒なんて効くかいな。

ええか。知っての通り、玄武は水の精霊や。そして水は火に強く土に弱い。つまり……ふふふっ、手段は決まりや」

そして朱雀は、店内の喧騒を全く無視し、天に向かって叫んだ。

「安心しいや、芹っち。この四聖獣最強の朱雀様が、あんたのかたき、見事討ち取ったるさかいな!」

「あたし、死んでないんだけど」

30分後、学園の保健室。

「まいどー。朱雀亭でーす」

アルバイト店員が、注文のチャーシューメンを持ってきた。

「ありがと。いっつも早いわねえ。はい、これお代」

そう言って、玄武は店員に代金を渡す。

「失礼しまーす」

店員は一礼して、保健室をあとにした。

「うんうん、まだあったかいじゃない。いただきまーす!」

そして、玄武が麺を一口くわえた瞬間。

「……うぐっ!!!???」

――目を回して卒倒した。

「スープに、ニンジンの絞り汁を混ぜたあっ??」

「そや、水属性は土属性に弱い。土属性といえばツクヨミ。ツクヨミといえばお月さん、月といえばウサギ、そしてウサギといえばニンジンやさかいなあ」

「……何てこじつけよ、それ」

でも、そのこじつけ戦法にまんまとやられた玄武って一体……。

39. ヤタロー――空飛ぶ宅配便?

出雲学園でも、授業が終われば校内の掃除がある。

「やれやれ、やっと終わった」

猛がやっと一息つく。廊下拭きに使ったモップを洗面所で洗い、先ほど、廊下脇のロッカーに収めたところだ。

そして猛は、カバンを取りに教室へと向かった。

教室に入り、猛は室内を見渡す。みんな既に帰ったか、部活に向かったのだろう。掃除の終わった教室には、誰の姿もなかった。

猛もこれから部活がある。カバンを手に、早速道場に向かおうとした。その時だった。

「……何だ、ありゃ?」

教室の窓越しに、異様な光景が猛の目に入ってきた。

晴れた空にふよふよと浮かぶ、1個の風呂敷包み

それが、森の方からこちらに向けて飛行を続けている。風呂敷の唐草模様が見えなかったら、まるでUFOである。

そして、よく見ると、その包みの真上を同じ速度で飛ぶ、1羽のカラスがいた。

「ひょっとして……ヤタロー?」

いや、ひょっとしなくても、こんな芸当が出来るのはヤタローぐらいのもんだろう。

そういえば――と、猛は思い出す。ヤタローは、大人二人ぐらいであれば念動力で空中を飛ばすことが出来るのだ。

〈とすると、到着地点はあそこか〉

猛は教室を出て、一目散に校舎の屋上に向かった。

…………。

屋上に着いた猛。既に風呂敷包みは屋上に到着し、その上にヤタローが留まっていた。

「ヤタロー、その包み――」と、猛が声をかけた時だった。

『猛、お願い! 頼みがあるの』

そんな台詞が、猛の頭の中に直接響いてきた。

「何だ!? テレパシー……か?」

『しょうがないでしょ。この体じゃ人の言葉は話せないし。かといって、知らない人に人間状態を見られたらまずいし』

ヤタローは猛の目をじっと見つめ、テレパシーで言葉を送り続けていた。

「ひょっとして、北河ともテレパシーで……?」

『当たり前でしょ。カアカアだけで麻衣と通じ合えると思って?』

なるほどと、猛はうなずく。

「謎が一つ解けた思いだな。で、頼みってのは何だ?」

…………。

左手にカバン、右手に風呂敷包みを持ち、右肩にカラスを乗せた猛が、校舎の廊下を歩く。関わり合いになりたくないと、擦れ違う学生たちが目をそらして、足早に通り過ぎていく。

「――つまり、校舎まで運んできたはいいが、そこから北河のもとまでどうやって持っていこうかと、途方に暮れていたわけか」

『そういうこと。まさか、校舎内をホバーリングさせるわけにもいかないし』

猛は想像する。――廊下をふよふよと浮かんで移動する風呂敷包み。

「……確かに、不気味だな」

『あっ、そこの階段を下りて』

「2階だな。で、俺たち、一体どこへ向かってるんだ?」

猛は、まだ肝心の目的地を知らされていなかった。

『あと、もう少しよ』

「トイレ……?」

校舎2階中央のトイレに前で、立ち止まる猛。

『ありがとう。包みはそこに置いといて。あとは私がやるから』

「はあ」

指示通り、猛は包みを廊下に置いた。猛の肩からヤタローが飛び立ち、包みが浮かび上がる。

そして、ヤタローと包みは、女子トイレの方へと入っていった。

「おい、北河は――」

思わず、中まで付いていこうとする猛。

「カア!」『こらーっ! 男子は立ち入り禁止!』

案の定、ヤタローに止められた。『それに、猛だって部活があるんでしょ』

「ああっ、そうだった!」

すっかり忘れていた猛、慌てて道場へと走り出す。

「結局、聞きそびれちまったな――包みの中身」

「ありがとう、ヤタロー」

女子トイレの個室に隠れていた麻衣が、ヤタローに礼を言う。

「カア」

「……そう。あとで、八岐君にも礼を言わないとね」

そう言いながら、麻衣はヤタローが自宅から運んできた包みを開けた。

ちなみに中身は、バスタオルと、着替えの制服・下着類である。

トイレ掃除の担当だった麻衣は、水道の蛇口にゴムホースを取り付け損ない、まともに水を全身に浴びてしまったのだ。

故に、今の麻衣は、びしょ濡れの制服が肌に張り付き、下着も丸見えである。

――誰だ、その姿を想像して、鼻血を噴いた野郎は。

『猛に、こんな麻衣の姿、見せられるわけないわよね』

40. 天目一箇(イッコ)――はた迷惑な台風っ娘

「何じゃ。また台風か」

授業が終わり、帰宅した芹を迎えたのは、テレビのニュースを見ながらつぶやく、六介の声だった。

「ただいま」

「ああ。おかえり、芹ちゃん」

「で、また台風なの?」

台風の多発については、芹も知っている。

「うむ。まだ4月じゃというのに、もう6号が発生しておる。幸いどれも小型じゃからいいものの、今からこんな状況では、台風シーズンに入ったら一体どうなるじゃろう」

それから数十分後。

私服に着替えた芹が外に出て、公園を散歩していると――。

「あーっ、芹だーっ。やほー!」

何の偶然か、「台風の精霊」に出くわした。

「びゃっこ姉(ねえ)、いっしょに あそんで くれなくなって、つまんないの」

遊びた盛りの天目一箇(てんもくいっこ)――通称イッコは、芹におごってもらったアイスを口にしながら、芹に不満を漏らした。

「そっか。師匠も喫茶店で働くようになったから」

「芹の師匠」白虎が公園でアイスばかり食べていた頃は、その白虎が暇潰しに「妹分」イッコの遊び相手になっていたのだが、他の四聖獣仲間が自分なりの働き口を見付けていく中で、自分だけが遊び呆けているわけにはいかないと感じていた。それで白虎も、元々常連客となっていた喫茶店でアルバイトをするようになったのである。

それはそれで良かったのだが、独りにされたイッコにしてみれば、たまったもんじゃない。

「それでね、さいきんは、とおい うみの ほうで あそんでたんだけど、びゃっこ姉に おこられちゃって」

「……それって、まさか」

冷や汗を垂らす芹。どうやら、「偶然」ではなかったらしい。

そんな二人の前を、やはり散歩しに来ていた六介が通りかかった。

「何じゃ、芹ちゃんも公園に来とったか」

「ああ、おじいちゃん」

そして六介は、イッコの方に目をやる。

「えーと……そちらの子は、確かイッコちゃんじゃったかのう」

「うん、イッコだよ」

これには、芹の方が驚いた。

「えっ? おじいちゃん、知ってたの!?」

「ああ、ここでよく見かけるからのう。台風の精霊じゃろ?」

「しっかり受け入れてるし……」

そう言いつつ、芹も、〈まあ、伯父様やお母さんの件もあるし、ある程度はネノクニのことを知ってても不思議じゃないか〉と思い直した。

実際には「ある程度」どころでは済まないのだが、さすがに芹は知るよしもない。

「古来より『子供は風の子』といってな、ストレス発散のためにも、子供は思いっ切り遊び回るのが一番じゃ」

六介、それがどういう意味か分かってて、あおるあおる。

「でしょ! でしょ!」

「おじいちゃん! イッコちゃんの場合――」

すると、六介はこんな提案をした。

「分かっとるわい。この世界で『遊び回』られたら、そりゃ甚大な被害が出る。でも、ここでなけりゃいいんじゃろ? 例えば、精神世界とかな」

これを聞いたイッコは、「ああっ、その てが あったー!」と、満面に笑みを浮かべた。

芹も、「おじいちゃん、ナイスアイデア!」と手を叩く。

――さすがに「精神世界」のことまで知っているのは、ただ事ではないと気が付いてもいいのではないかと思うのだが、あいにく芹はそこまで頭が回っていなかった――

「それじゃ、さっそく いっくよー!」

善は急げとばかりに、イッコは自分の精神世界・大海原バージョンへとダイブした。

――芹を連れて(笑)。

「何であたしまでっ!?」

「だって、ふたりの ほうが たのしいよ。それじゃ さっそく、『だーいせーんぷー』!」

「うきゃああああああっ!!」

「……まあ、2時間は戻ってこんじゃろうな」

六介は、ベンチに座って茶菓子を口にしながら、「眠っている」イッコと芹を眺めていた。

41. カグツチ、剣道場に来たる

5月1日(月曜日)。

ゴールデンウィークの真っただ中ではあるが、ほとんどの学生にとって、この日と翌日は、ただの平日である。

それはここ、出雲学園においても、また然り。授業もあれば、当然部活もある――。

放課後、剣道場。

「やあーっ!」

道着と防具で身を固めた剣道部員の一人が、道着とはかまだけの出で立ちで、防具を一切身に付けていない大人ひとりに向かって、竹刀を頭上に構えたまま突っ込んでいく。

(カン!)

しかし、相手をする大人――カグツチは、手にした竹刀で、その攻撃を軽くいなす。

「良し、次っ!」

先の部員が横にずれると、カグツチはそう言って、自分に向かって縦1列に並んで立っている部員たちに、次を促した。

せっかくの機会だからと六介に勧められ、カグツチはこの日、出雲学園の剣道部を訪れていた。

猛と剛から、「六介の息子で、数年ぶりに帰郷してきた、塔馬ヒカル」と紹介されたカグツチは、「現在は古流剣術の師範をしている」ということで、急きょ、こうして部員たちの相手をすることになったのだが――。

(カン!)

「いいぞ。次っ!」

竹刀と竹刀が打ち合う音と、それに続くカグツチの声が、場内に響く。

部員たちの仕掛けは、既に4巡目に入っている。

道着だけのカグツチに対し、当初は部員たちも打ち込みがどこか遠慮がちだったが、実際に打ち合ってみて「かなりの達人」だと理解したのか、2巡目以降は皆、かなり本気でカグツチをぶっ叩きにきている。

それにも関わらず、一般の部員たちは元より、猛や剛でさえ、その攻撃はカグツチの体をかすりもしない。

部員たちのメン・ドウ・コテ・ツキを、カグツチは必要最小限の体の動きで、全ていなし、かわし切っていた。

「次から5巡目か。みな疲れも見えているし、これで最後にしよう。さあ、来い!」

息が上がっている部員がちらほらといる一方、カグツチは全く息が乱れず、堂々とした姿勢を保っていた。

余談ではあるが、実はこの時間、美由紀も「六介のひ孫で、芹のいとこ」という触れ込みで、空手道部を訪問していた。今頃は、部員たちをコテンパンにしていることだろう。

「いやあ、じいちゃんに鍛えられてるだけあって、皆いい打ち込みだった。お陰で私も、大人げなく、すっかり本気になってしまったよ」

結局誰一人、カグツチに一太刀も浴びせることは出来なかったが、体育座りをしている部員たちに対して、カグツチはこう講評を述べた。

カグツチの言葉に嘘はない。ただ、猛や剛はともかく、一般の部員たちがそれを正直に受け止められたかどうかは、いささか疑問が残るのだが。

42. 「初めて」の「再会」

さて、アシハラノクニで普段着にしている洋服に着替え、部員たちより一足先に剣道場を後にしたカグツチ。

校門前で出会った七海とのあいさつもそこそこに――これはまた、別の話――、塔馬家へ続く坂を下っていたが、その途中、左手の森の中から小動物が1匹、カグツチの目の前に飛び出してきた。

「おっと!」

危うく踏みかけて、カグツチは急停止した。すると、その小動物――狐は、カグツチの足下に擦り寄ってきて、何事もなかったかのようにカグツチの顔の方を見上げた。

目と目を合わせる、カグツチと狐。そしてカグツチは、この狐の正体にはっと思い当たった。

「……タマモか?」

「にゃあ」

そうだという風に、タマモは一声鳴いた。そして2、3歩ほど離れると、タマモはカグツチの目の前で、いきなり人型に変化した。

「お、おい!」

慌てて、カグツチは周りを見回す。まあ、カグツチとタマモ以外には、そこには誰もいなかったのだが。

「カグツチ、こっち!」

何も気にしていないタマモ(人間形態、ただし、狐耳・狐しっぽ装備)は、いきなりカグツチの二の腕を捕まえると、森の方へとカグツチを引っ張っていく。

「何だ、森に入れってか」

「うん」

タマモに誘導されて、カグツチは森の中を駆け足で進む。舗装路に慣れてしまった一般的現代人と違い、普段ネノクニの野原を走り回っているカグツチにとっては、この程度の野道は何てことはない。

そして、3分ほど走った頃だった。

カグツチの視線の先に、地面にペタリと座り込んでいる女性の姿が現れた。

すると、一足先にいたタマモは、カグツチから離れて女性の下へ駆け寄り、こう叫んだ。

「カエデー、お待たせーっ」

「……かえで?」

いぶかるカグツチ。しかし、タマモの声に気付いて顔を上げたその女性と目が合った瞬間、カグツチは全てを悟った。

確かに、「その姿」は初めて見る。しかし、「彼女」がアシハラノクニで転生して、今は出雲学園で教師をしていることぐらいは、カグツチも猛たちから聞いていた。

「カグツチ……様?」

彼女――冬木 凪(なぎ)も分かったのだろう。タマモの後ろにいた人物の姿に気付いて、そうつぶやいた。

「やっぱり、楓(かえで)か」

43. パーティー招集

翌日、夜7時過ぎ。

すっかり闇に包まれた、出雲学園近くの森。

その中の、北河神社の鳥居の前に、カグツチの招集を受けて、猛・サクヤ・芹・琴乃・明日香・麻衣のパーティー6人が集められた。

そして、カグツチの後ろには、凪ともう一人が立っていた。

「――カグツチ、俺たちは明日も部活があるんだけどな」

パーティーを代表して(?)、猛が愚痴をこぼす。

事実、明日から3連休とはいえ、競技会を控える猛と明日香はしっかりと部活があるのだ――って、二人だけじゃん(笑)。

「冬木先生が困ってるんだ。猛君も助けてやってくれ」

「す、すみません……猛様にはご迷惑をおかけします」

以上、説得するカグツチと、ペコペコ頭を下げる凪。

「……まあ、凪が困ってるのを、俺が見過ごせるわけないけどな」

愚痴を言いつつも、しっかりと本音を漏らす猛であった。

ちなみに、猛がスサノオの転生(の一人)であること、冬木凪が楓の転生であること、そして、かつてのスサノオと楓の関係については、ここにいる面々はみな知っている。

今、カグツチの後ろにいる、ある一人を除いては。

そして、カグツチはその一人に声をかけた。

「で、何でお前までここにいるのかな、美由紀?」

「別にいいでしょ。どうせ暇なんだし」

ちなみに、剛・ヒミコ・汀は、沢木 千夏(さわき ちなつ)に関わっているため、今回は欠席している。そちらの方に行っても、美由紀にはやる事がないため、こちらに回ってきたのだ。

「ところで先生、落とし物って何なんですか?」

「落とし物というより、捜し物なんですけど……」

麻衣の質問に、凪は答えになっていない言葉を返した。

カグツチによると、昨日、凪は森の中で「ある物」を捜しているうちに、迷子になってしまい(オイオイ)、呆然と地面にへたり込んでいたらしい。

それで、そういうことならと、カグツチは猛たちを呼び集めたわけなのだが。

「そういえば、昨日は詳しくは聞かなかったが、捜し物って何なんだ?」

カグツチも凪に聞く。

「それが……私にもよく分からないんです」

「はあっ!?」

一同、口あんぐり――。

44. 捜し物は何ですか?

呆れ返った猛、凪に曰く。

「……凪、とうとう頭もクモレベルに落ちたか?」

しかし、さすがにその言い様はあんまりだと思う。まあ、他のみんなも内心そう思ってるけど(ひでえ)。

「…………」

ほら、一同は未だに呆然としている。

ただ一人、裏事情を知らない美由紀だけは、頭に「???」を浮かべているが。

「うう……猛様にまで」

「まあ、冬木先生も、冗談はそれくらいにして」

自らを落ち着かせて、フォローを入れたつもりのカグツチだったが。

「そのー……マジなんですけど」

あ、とどめを刺しちゃったみたい。

凪に言わせると、こういうことらしい。

「この森の中に、私にとって大事な物があることだけは分かるんです。

本当に大事な……私の存在に関わるかも知れない、大事な物が……。

でも、それが何なのか、それがなぜ私にとって大事なのか、それが、私自身にも分からないんです」

これには、凪の独白を聞いていた琴乃も、「はあ……」と、ため息をつくしかなかった。

「小さい瓶に入れて地中に埋められた、天使の人形とか」

「どこそのギャルゲーじゃあるまいし」

猛の言葉に突っ込む芹。というか、猛はまだしも、芹までがなぜ「うぐぅ」を知っている。

そんな異様な雰囲気の中、カグツチは突然、
「……どうやら、これを用意しておいて正解だったようだな」
と言いながら、懐から何かを入れた袋を取り出した。

45. 忌玉の隠された効果

「先生から話を聞いて、昨晩、ニニギに“向こう”から持ってこさせたんだ」

そう言いながら、カグツチが袋から取り出したのは、勾玉を絹糸で繋げた首飾りだった。

「先生は、これを着けて」

「あ、はい」

渡された凪は、カグツチに促されるまま、それを自身の首に装着する。

よく見ると、その首飾りに繋がれた勾玉は、全て青緑色で統一されていた。

「そして、みんなは1個ずつ、これを」

続いてカグツチは、そう言って他の7人に勾玉を1個ずつ渡す。これもまた、全て青緑色だ。

「忌玉(いみだま)……ですか?」

渡された勾玉を見て、琴乃がカグツチに尋ねた。

「忌玉には呪い効果があるのは、みんなも知ってるだろう? しかし、実は忌玉には、埋蔵物を探知する効果もあるんだ。

そして、いま渡したのは、ネノクニで採集した忌玉から、特に探知効果に優れたものを選別して、更にアマテラスがある種の呪法効果をかけたものだ。

これを使うと、同じ忌玉の首飾りを着けた者――即ち、冬木先生に関係の深いものに近付くと、反応して鈍く光る仕掛けになっている」

「ということは、これがあれば」と猛。

「ああ。たとえ先生自身が何か分からない物であっても、これを使えば発見可能だ」

「何か、この日のために用意したみたいで、出来すぎって感じだけど?」

そう明日香が言うと、

「……まあ、本来は、金銭に貪欲な奴に首飾りを着けて、地中に埋められた財宝を発掘するために開発されたものなんだけどな」

そう言って、カグツチは頭をかいた。

そんな時だった。

「それはそうと……」

突然、麻衣が辺りを見渡しながら、そうつぶやいた。

「……北河もか?」

「そう言われてみれば、私も……」

猛とサクヤが、あとに続く。

「……やはり、みんなも感じるか」

カグツチも、そう言って応じた。

そして、皆を代弁するように、芹がつぶやいた。

「何で、こんな時、こんな所に、悪霊の群れがあたしたちを遠巻きにしてるわけ?」

46. 探索開始 (1)

それから10分後。

「うう……皆さ~ん、早く帰ってきて下さ~い」

パーティーが4組に分かれて森の方々へと散っていったため、スタート地点には、ひとり残された凪がペタンと地面に座り込んでいた。

要するに、下手に歩き回られて、昨日のように迷子になってしまっては困るからと言われて、ここに留め置かれてしまったのだ。可哀想に。

「にゃあ?」

まあ、念のために、そばには――こう見えても超強い――タマモ(狐形態)が鎮座しているのではあるが。

「あ、いえ……別にタマモさんを信用してないわけじゃないんですけど」

では、散っていった4組の様子を見てみることにしよう。

まずは、「恋人ペア」の猛・サクヤから。

「反応なし、か」

猛は右手の拳を開き、中に持っている忌玉を確認するが、光る様子は全く見られない。

「それじゃねえ……あっち行ってみようか」

そう言ってサクヤは、また適当な場所を指差した。

「サクヤ、お前の勘って、本当に当てになるのかよ?」

「猛君、女の勘は信じないと駄目なんだよ」

「へえへえ」

そう。さっきから猛は、サクヤの「直感」というか「思い付き」に振り回されて、あっちへふらふら、こっちへふらふらしていた。

……こりゃ、戦力にはなりそうもない。

続いて、「兄妹ペア」カグツチ・美由紀。

「わーい、お兄ちゃんとデート♪」

「どこがだよ……」

みんなに参加を呼びかけた本人ということもあり、カグツチは一応、右手の忌玉を見つめながら、真剣に探索を続けている。

ちなみに美由紀は――ただカグツチのあとを付いて歩いているだけ。

「でも、お兄ちゃん、この森って、普段からこんなに悪霊がうようよしているような場所だった?」

「まさか。だが、この辺りは本来、人が入り込むような所じゃないからな」

スタート時からみな気付いていたように、先ほどから二人は、森全体に散らばって潜んでいる悪霊の気配を感じている。

と言っても、文字通りただ潜んでいるだけで、探索中の自分たちに襲いかかってくる動きは全く見られないのだが。「前にニニギが“穴”を開けて、ネノクニにいた悪霊が大勢こちらにやって来てしまったことがあったんだ。みんな猛君たちが退治したと思ったんだが、本当はまだ少しだけ残っていて、こうした場所に人知れず棲み付いていたのかも知れないな」

「今は動く様子はないけど、案外、私たちが『捜し物』を見付けた途端、一斉にワーッとか」

美由紀が物騒な事を口にする。

「どうだろう? 連中だって『捜し物』が何物か、知ってるとは思えんしな」

47. 探索開始 (2)

続いて、「姉妹ペア」琴乃と明日香。

「反応ないねえ……」

光る様子が全くない右手の忌玉を見ながら、明日香はため息をついた。

「♪~♪~♪~♪~♪~~♪~♪~♪~~」

その横で、琴乃は愛用の笛で「魔鎮めの調べ」を奏で続けている。

「こう単調だと、いっそ悪霊さんがワーッと出てきてくれた方が――」

「明日香、怖い事言うんじゃないの!」

琴乃、思わず口から笛を外す。

「大丈夫だよ。その時はその時で、お姉ちゃんの笛があるし」

「……この笛も、万能ってわけじゃないんだけど」

確かに、琴乃の笛もボス級相手には一撃というわけにはいかない。もちろん、援護には充分だけど。

最後は、芹と麻衣の……「ハズレ ヒロイン ペア」?

「誰がハズレですってえっ!!」

「どうしたの、芹さん?」

芹よ、ナレーションに反応するのはやめてくれ。

「はあ……ちっとも光らないじゃない、この忌玉」

ゴールの見えない徒競走のようなものだろう。まだ10分しか歩いていないというのに、芹は疲れからか、だいぶいら立ってきた。

「森全体から、小石1個を見付けるようなものだから」

「北河さん、それ、たとえになってないわよ」

うん。そのものズバリだし。

「地道に行きましょう、芹さん。……ここは無しと」

そして、麻衣はあらかじめマス目を引いた紙にチェックを入れる。

「大体、何でこういう時に限って悪霊が出てくるのよ。『捜し物』が何か、向こうだって分からないくせに」

「精霊絡みの品なら、何だって悪霊なら欲しがると思うわ」

「また、いい加減な……」

――でも実は、麻衣の想像が「当たり」だったりする。

48. 美由紀の中のスサノオ (1)

探索開始から、30分が経過した。

「見付からないなあ……」

無反応の忌玉を見ながら、つぶやく美由紀。いつの間にか、カグツチより5メートルほど先を歩いていた。

「美由紀ー、足元に気を付けろよ」

「分かってるって、お兄ちゃ――きゃっ!」

(ズシャーン!)

言ったそばから、木の葉に足を滑らせて、派手にすっ転んだ美由紀であった。地面に積もった葉っぱが、倒れた美由紀の体に押し潰され、グシャッという音が辺りに響く。

「それ見ろ」

苦笑いを浮かべながら、カグツチは美由紀のもとに近付く。「……どうした、美由紀?」

全く起き上がろうとしない美由紀の様子に、さすがにカグツチも、ほんのちょっとだけ心配になる。

しかし、実はこの時、美由紀は、地面に転がっている、目の前のある物に心を引かれていた。

「へえ……まだあるんだ、これって」

そう言うと、美由紀は目の前のそれを手に取り、やっと起き上がった。

「うん?……ああ、ドングリか」

美由紀の右手を見て、やっとカグツチも理解する。「結局、根付かないまま転がってたんだな。本当なら、もう5月なんだから、とっくに芽を出してるはずなんだが」

「…………」

しかし美由紀は、カグツチの台詞を気にも留めず、ただじっと無言で、自分が拾ったドングリを見つめていた。

「ん、どうした?」

やがて、美由紀は答えた。

「……思い出しちゃったの、スサノオ君のこと」

「えっと……スサノオとドングリと、どういう関係が?」

美由紀は、スサノオが死んだことを知らない。それを悟られないように口調に気をつけながら、カグツチは尋ねた。

「あのね――」

49. 美由紀の中のスサノオ (2)

それは、私、美由紀がネノクニに放り出されてから、1カ月が過ぎた頃のことだった。

「はあ……寒いね、スサノオ君」

その日も、私はいつものように、スサノオ君と行動を共にしていた。

辺りは、一面の銀世界。間断なく降り続く雪の中を、私とスサノオ君は一歩ずつ、降り積もる雪を踏み締めながら進んでいく。

「全く、美由紀は……。こんな日ぐらい、家で留守番してりゃいいだろ」

1歩先を歩いているスサノオ君が振り向き、半ば呆れたような表情を見せて、私に声をかけた。

「やだ。私もスサノオ君と一緒に行くの」

そう言い返してから、私はまた「はあっ」と、両手に息をかけた。

一緒に付いていったところで、私に何が出来るというわけでもないことぐらい、自分でも分かっている。それでも、私はスサノオ君と片時も離れたくなかった。

――もう私には、スサノオ君しか頼れる人がいないから。

「……勝手にしろ」

それだけぶっきら棒に言うと、彼は前へ向き直し、再び目的地へと歩を進め始めた。

この時、私たちがどこへ向かっていたかは、はっきりとは覚えていない。確か、従えている悪霊グループのリーダー格の誰かのもとに出向き、今後のことを協議しに行ったような気がする。

スサノオ君の方が地位がずっと上なんだから、部下でも使って自分の方から相手を呼び付ければいいように思うんだけど、こういうところが、まことにスサノオ君らしい。

「ま、確かに今年はいつもより雪が多いな。とうに立春も過ぎて、もうじき雨水(うすい)だっていうのに、まだこんなに雪が積もってやがる」

歩きながら、スサノオ君がつぶやいた。ちなみに、今スサノオ君が言った「立春」だの「雨水」だのは、いずれも二十四節季の一つで、立春は2月4日頃、雨水は2月19日頃を指す。

ということは、私の世界、アシハラノクニの言い方でいえば、今日は2月14日頃か――。

――などと、私がひとり考え事をしていた時だった。

「あっ、ドングリ!」

積雪を踏み付けて続く、スサノオ君の足跡の中に、私は1個のドングリが雪に埋まっていたのを見付けた。

「何だ、美由紀?」

気になって、スサノオ君も立ち止まる。

「スサノオ君、これ」

私はそのドングリを拾い、スサノオ君に見せる。

「何だ。そんなの珍しくもないだろ」

うん、確かにその通り。でも――。

「……そうだ! スサノオ君、これ、あげる」

「……ああっ!?」

あ、スサノオ君、呆気に取られてる。でもね。

「アシハラノクニでは、ちょうど今頃、『バレンタインデー』といって、女の子が、好きな男の子にチョコレートっていうお菓子をあげる習慣があるの。

でも、ネノクニにはチョコレートなんてないし。だから、代わりにこれ、スサノオ君にあげる」

それから、しばらく無言のまま突っ立っていたスサノオ君だったけど。

「……そうか」

やがて納得したのか、スサノオ君は私の右手からドングリをつまむと、それを懐にしまった。「さーて、そろそろ目的地だ。行くぞ、美由紀」

「うん!」

「……それから?」

美由紀の回顧談の続きを促すカグツチ、しかし。

「それでおしまい。以後、なーんもなし」

「…………」

「そりゃそうだよね。あのスサノオ君が、たったドングリ1個もらったって、気にも留めないだろうし」

実はこの時、カグツチは複雑な表情を一瞬のぞかせていたのだが、美由紀は気が付かない。

「……それもそうか。

さーて、休憩もおしまい。探索を続けるぞ」

「うん!」

50. 反応あり!

その頃、森の中央では――。

「うううっ……皆さ~ん、まだですか~~っ!」

「にゃああ……」

えーと……冬木先生、もうしばらくの辛抱ですからね。

そして――遂に、捜索隊に動きがあった。

最初に気が付いたのは、何と――最も「戦力にならない」と思われていた、このペアだった。

「……あっ!」

「どうした、サクヤ?」

「猛君、忌玉っ!」

「忌玉って――ああっ!」

間違いない。かすかではあったが、二人の持っていた忌玉がいずれも、鈍く点滅していた。

すると、突然サクヤは、
「猛君、そこ、動かないで」
と叫んで、猛にその場でじっと立っているように命じた。ちなみに、この時、猛とサクヤの間隔は2メートルほど。

「あ、ああ」

そしてサクヤは、忌玉をじっと見ながら、ちょうどコンパスが円を描くように、猛を中心にして反時計方向に回り始めた。

「えーと……サクヤ、何を」

「静かに」

「……はい」

やがて、サクヤは足を止めた。そして、2歩下がる。

「……うん、方向こっち!」

「…………! そうか。偉いぞ、サクヤ」

猛にも、サクヤの意図が分かったようだ。

サクヤが止まった位置は、忌玉が最も強く光る所だった。それはつまり、猛から見て、今サクヤの立っている方向に、問題の「捜し物」があるということだ。

それにしても、サクヤのこの行動、先ほどまでの「行き当たりばったり」が嘘のようである。

猛とサクヤは、検知した方角へ向かって一直線に歩く。

少しずつではあるが、二人の持つ忌玉は、歩を進めるほどに確実に輝きを増していた。

「もう少しだぞ、凪」

湧き上がる興奮を抑えつつ、猛はつぶやいた。

そして、最初に点滅を確認した位置から、30メートルほど歩いた時。

「……あれっ? 弱くなった」

確かに、忌玉の輝きが先ほどより弱くなったように、二人には見えた。

「通り過ぎたってことか」

改めて「人間コンパス」で方向を確認する二人。

「えーと……こっち!」

ずっと歩いてきた方向から、斜め右後方だ。

目的地は近い。二人は手元の忌玉をじっと見つめながら、歩幅を狭めて進んでいった。

[2008-02-27] 第46話とつじつまを合わせるため、加筆・修正しました。

51. あった!

まだ見ぬゴールに向かって歩く、猛とサクヤ。

「だいぶ光が強くなってきた。これは近いぞ」

猛がつぶやいた通り、忌玉の光は、先ほどまでの鈍い輝きとは打って変わり、新品の乾電池に繋がれた豆電球のように、はっきりと明るくきらめくようになってきた。

しかも、何やら忌玉がブルブルと振動しているように、猛には感じられる。

――と、その時。

「あっ!」

サクヤの忌玉が、突然右の手のひらからピョンと飛び跳ね、地面にポトリとこぼれ落ちた。そして、地面をピョンピョンと跳ねながら、前方へと勝手に行ってしまった。

サクヤの声を聞いて反射的に顔を上げた猛は、その様子に気付き、自分の忌玉を手から離れないようにしっかりと握り締める。実際、猛の忌玉も、何かに引き寄せられているかのような力を発しており、猛が握っている拳を開ければ、こいつまで途端にピョーンと飛び出していきそうだ。

「まるで磁石だな」

「感心してないで。猛君、急ごう!」

「お、おう」

見失ってなるものかと、二人は柔らかい土の上に落ち葉が一面に積もった地面を、忌玉の光を目指して駆け出した。

そして、30メートルほど走った所で、前を行くサクヤが急に足を止めた。

「猛君、見て!」

「……ああっ!」

サクヤが指差した先には、光り輝く忌玉が、地面の一点でピタリと止まっていた。

「そっか。ということは、この真下に『捜し物』が埋まって――」

サクヤはそう解釈したようで、そう言いながら身をかがめると、両手で地面の土や葉を忌玉ごと払いのけ始めた。

「――――ちょっと待った、サクヤ!」

その様子を見ていた猛が、突然叫んだ。

「えっ!?」

反射的に手を止めるサクヤ。

「いや、“そこ”に埋まってるんだったら、何で忌玉はさっきの位置に戻ってこないんだ?」

「……あれ? そういえば」

そう。地面の忌玉は、サクヤに払いのけられたまま、先ほどとは違う位置にとどまったままになっていた。

「別に効果が切れたわけでも――」

そう言いつつ、猛がその忌玉を右手の指でつまみ上げた――その時。「ああっ!!」

「どうしたの!?」

「サクヤ、これ!」

「――ああっ!! それじゃ、『捜し物』って」

「ああ。きっとこれだ!」

“それ”は、まさに磁石にくっ付いた釘のように、つまみ上げられた忌玉にピタリと吸い付いていた。

52. 捜し物の正体

“それ”を発見した猛とサクヤは、直ちにそれぞれケータイと宝貝を使って、森に散らばっていたメンバー全員に招集をかけた。

そして、10分後。

凪が待つスタート地点にほぼ全員が戻ってきたところであるが――。

「カグツチさん、遅いね」

そう。明日香の言う通り、まだカグツチと美由紀の姿がここにはない。

「相当奥まで行っちゃったみたいだな」

猛が、さも見てきたように言う。まあ、正解ではあるが。

「で、これがその『捜し物』なんでしょうか?」

琴乃が、猛が手に持っている“それ”を見て、言った。

「ああ。少なくとも忌玉はそう言ってる。

どうだ、凪。これに見覚えあるか?」

「えーと……」

――それは。

「そう言われてみれば……」

――確かに、森の中に落ちてしまったら、見付かるはずがない。

「……そうです!」

――『木を隠すには森の中』とは、こういうことを言うんだろう。

「思い出しました! 確かにこれです!」

――それは。

「あの日、私がスサノオ様から頂いた」

――1個のドングリだった。

53. 楓の中のスサノオ (1)

それは、私――楓が、スサノオ様の戦のお供をしていた時の事でございます。

「――大丈夫ですか、スサノオ様?」

「何、ほんのかすり傷だ。心配はいらん」

ヨモツオオカミが倒され、スサノオ様がヒカル様……いえ、この頃には既に改名しておられましたね。カグツチ様の軍門に下ってから、はや半年。

まるで自分の不始末の尻拭いをするかのように、この日もスサノオ様は、悪霊軍の残党がたむろしている拠点に単身(まあ、私もいましたが)乗り込んでいきました。

普通なら、雑魚悪霊が何十体いようと、スサノオ様の敵ではありません。しかし、この時のスサノオ様は、幾らか油断があったのでしょう。スサノオ様は、真っ正面から受けたリーダー格の捨て身の攻撃に気を取られたところを、仕留めそこなっていた1体の雑魚に背後から不意打ちを食ってしまいました。

スサノオ様は「かすり傷だ」などとおっしゃいましたが、スサノオ様の背中には、不意打ちを受けた箇所の戦闘着は破れ、そこからむき出しになった肌から血がにじんでおりました。

「とはいえ、あの時、楓の援護がなかったら、さすがの俺もやられてたかも知れんな」

はい。確かに私は、スサノオ様が不意打ちを受けたことに気が動転して、思わずリーダー格をクモの糸でがんじがらめにしてしまいましたが。

「そんな……。私には、それは過ぎた言葉です」

「うむ、確かに過ぎた言葉だったな」

「……スサノオ様」

「膨れるな。冗談だ。楓には、本当に感謝している」

美由紀さんとの出会い、そして、カグツチ様たちとの戦いの中で、スサノオ様は大きく変わりました。

ただひたすら、母に認められたいがためだけに戦いを続けていた、かつてのスサノオ様には、このような軽口を叩くような心の余裕などなかったでしょう。

さて、私たちが里へと引き揚げる、その帰路の事でした。

「――雪、消えてしまいましたね」

まだ季節は冬だというのに、今年のネノクニは既に春めいた陽気に包まれ、僅かに草地に残っていた雪も、ほとんど溶けてしまいました。

「そうだな。まだ立春が過ぎたばかりだというのに。去年とはえらい違いだ」

「そうですね。去年の今頃は、未だ雪がしんしんと降り積もっておりましたから」

それはまるで、スサノオ様の心の変化を反映しているようで……。

「……おっ!」

不意に、スサノオ様が立ち止まりました。そして、足元にあった何かに気が付かれたご様子です。

54. 楓の中のスサノオ (2)

「どうなさいました、スサノオ様」

「ああ。見てくれ、楓」

そう言いながら、スサノオ様は足元にあった「それ」を右手の指でつまみ、私に見せました。

「ドングリ……ですね」

「ああ、ドングリだ」

ちょっと笑顔を見せて、そうおっしゃったスサノオ様。

言っちゃ何ですが、たかがドングリ1個が何だと――。

――という私の心を見透かしたのか、スサノオ様は続けて、こんな話をしました。

「そう言えば、去年、美由紀からドングリをもらったのも、この辺りだったな」

「美由紀さんから……ですか?」

「ああ。何でもアシハラノクニでは、バレ……何って言ったかな……とにかく、今の時期、好きな人に菓子を贈る習慣があるらしくて、それでな」

「……そうですか」

……はあ。美由紀さんの話をしているスサノオ様の表情、何やらにやついてますよ。

私は、少しばかり妬けてしまいます。

「そうだ、楓――」

「そして凪、じゃなくて楓がその場でスサノオからもらったのが、このドングリだと」

「あーっ! 猛様、先に言わないで下さい」

「いや、もう話の先は見えてたし。それに」

「それに、何ですか?」

すると猛は、一旦周りを見渡してから、静かにこう言った。

「どうやら、ゆっくり話をしている状況じゃなくなったようだ」

どうやら他のヒロインたちも気が付いたようだ。代表して、芹曰く。

「……何か、あたしたちを遠巻きにしていた悪霊たち、随分殺気立ってるようなんだけど」

「まあ、分かってみればただのドングリじゃ、悪霊にとっては、期待外れもいいところだしね」

「サクヤちゃん、笑って言わない!」

そして悪霊集団は、一瞬うごめいたかと思った瞬間、文字通り一斉に、猛たち目がけて襲いかかってきた

「……勝手に期待して、勝手に当てが外れたくせして、勝手に逆ギレしてるんじゃねえっ!!」

うん、作者もそう思うぞ、猛君。

55. 逆ギレした悪霊は恐ろしい? (1)

逆ギレした悪霊たちの攻撃は、それはもう、凄まじいの一言に尽きた。

その上、猛たちはここに召集される際、悪霊の出現を全く想定していなかった。つまり、猛は刀を持ってきていないし、明日香には弓矢がなく、麻衣のなぎなたもない。

それ故、パーティーは悪霊の猛攻に対してなすすべなし――。

――かと思いきや。

「♪♪♪♪♪~♪♪♪~♪♪♪~♪♪♪♪♪~♪♪♪♪~」

バトルフィールドに響く琴乃の笛の音が、悪霊たちの動きを見事に抑え込んでいる。

「やーっ!」

(ズシイイーン!)

「へへん、やれるもんならやってみなさいよっ!」

芹は、はなっから拳が武器。

「食らえー……修羅の舞!」

「グギャアアアアッ!!」

サクヤは、常時携帯している鉄扇で、悪霊集団をまとめて撃退。

「でりゃーっ!」

「グワアアーッ!(シュウウウウ……)」

「よし、いけるぞ!」

猛にしても、元々腕っ節は強い。拳や蹴りで、悪霊を1体ずつなぎ倒す。

「お兄ちゃん、後ろ右に3体!」

「オッケー! そこだっ!」

「ギェエエエ……」

さすがは弓手である。この真っ暗闇でも遠目が利く明日香は、こうした指示で皆を援護。

「asdoivmejioasdfalgjwoiej.....weohboqw!!」

「グワアアアアー!!」

麻衣も一応は神主の娘。周りにはこうとしか聞こえないが、とにかく怪しげな呪文で悪霊を葬り去っていく。

要するに――結構何とかなってしまっているのだ。

そんな訳で――。

「あわわわ……」

戦力になっていないのは、皆のど真ん中でペタンと地べたに座っている凪と、

「にゃあ」

そんな凪に寄り添っているタマモだけである。

……って、お前も手伝えよ、最強精霊が(笑)。

しかし、悲劇は突然やって来る。

「猛さん、後ろ!」

猛を背後から殴りかからんとしていた悪霊の姿に気付いた琴乃が、思わず叫んだ。

「もらった!……って、琴乃、笛!」

「あ、はい!」

しかし、この笛の一瞬の中断を、悪霊たちは見逃してくれなかった。

56. 逆ギレした悪霊は恐ろしい? (2)

琴乃の笛が中断し、束縛が解けた悪霊たち。

危機を察知しヒロインたちは、反撃に備え、一斉に身構えた。

ところが――。

「……えっ!?」

「な、何っ!?」

「……これは」

「えっ、ちょっと!?」

意外にも、悪霊はどいつもこいつも、先ほどまで対峙(たいじ)していたヒロインの脇を擦り抜け、別の方向へと一斉に駆け出していった。

悪霊たちの突然の変節に、ヒロイン一同、一瞬何が起こったのか分からない。

「たける、そっちっ!!」

悪霊の真意にいち早く気付いたタマモ――いつの間にか人間形態に変化していた――が、猛に向って大声で叫んだ。

しかし、その時には既に、悪霊の群れは猛一人に向って、猛然と襲いかかってきていた。

悪霊の知恵を馬鹿にしてはいけない。

束縛が解けたとはいえ、攻撃が分散していては勝てないと見た悪霊軍団は、術が解けるや否や、一人ずつ全力で潰す戦略に切り替え、しかも、まずは相手の士気を削ぐことが先決とばかりに、リーダーの猛から潰しにかかってきたのだ。

猛は拳の構えを維持したまま、首を振って周囲を見渡した。

しかし、周りは全て悪霊の大集団。隙間は全く見えなかった。

――そして、そんな状態の猛の姿が、「彼女」には、あの日の「主人」の姿と重なった。

「スサノオ様っ!!」

フィールド全体に響く、凪のつんざくような、悲鳴にも似た叫び。

その瞬間――悪霊の群れ全体を、何十本、いや、何百本もの白い糸が襲いかかった。

57. とうとうバレた? (1)

猛の視界には、自分に向かって襲いかかってくる悪霊たちしか存在しなかった。

凪は、猛の危機を前にして、ただ無我夢中だった。

ヒロインたちは皆、凪の突然の大技に目を奪われていた。

だから、「二人」がこの場に戻っていたことに、一同、誰も気が付いていなかった。

「冬木、先生……?」

背後から聞こえた女の子の声に釣られるように、凪は振り向いた。

そこにいたのは――。

「あー……遅れて済まなかった」

今しがた、ここに戻ってきたばかりの、カグツチと美由紀だった。

「え、えーと、美由紀さん……」

凪は、ガチガチに固まった作り笑いを浮かべるが、その額を流れる冷や汗は隠しようがない。

そして、美由紀の横にいたカグツチもまた、「あっちゃー」とでも言うように、目を伏せた。

何度も言うが、美由紀はスサノオが死んだことを知らない。

美由紀は、先日、出雲学園に来た時に、凪と顔を合わせている。しかし、凪自身は元より、カグツチと猛たちも、凪が楓の転生であることを美由紀には伏せていた。

「楓の転生」がここにいるということは、楓がネノクニで死んだことを意味する。となれば、スサノオの身に何か重大な事が起こったことは、スサノオと楓を知る者であれば容易に察しが付く。

既に「一人の夫の妻」とはいえ、美由紀にとって、スサノオは今なお大きな存在であることに変わりはない。その美由紀が、もしスサノオの死を知ってしまったら一体どうなるか、想像するだけでも痛々しい。

しかし――やはり、このSSでは、隠し通せる秘密など存在しなかったようだ。

「ひょっとして……楓さん?」

一応確認する美由紀だが、ひょっとしなくても、こんな芸当が出来る人(?)なんて、彼女ぐらいしかいない。

「……はい」

凪も、さすがに観念して、自分の正体を認めた。

ところが。

このあとの美由紀の行動は、この場にいた一同の想像を、完全に(いい意味で)裏切るものだった。

58. とうとうバレた? (2)

「キャーッ♪ お久しぶりーっ!」

何の前触れもなく、美由紀は甲高い声を上げるや、いきなり凪に駆け寄り、ガバッと抱き付いてきた。

「えっ!? えっ!?」

突然の事に、うろたえる凪。しかし、美由紀は構わず、速射砲の如く凪に台詞を浴びせ続ける。

「さっすが精霊! 凄い変装術、ううん、変身術じゃない。こないだ学園でも顔を合わせたってのに、もう、全然気が付かなかったよ」

「あ、あのー……」

「うんうん、言わなくても私には分かるって。どうせまた、つまんない事でスサノオ君と喧嘩でもしたんでしょ?」

「え、えと……」

「そうだよね。いくらスサノオ君でも『こっち』までは追いかけてこれないもんね」

「…………」

「ほんと、スサノオ君ったら、いつまでたっても子供なんだから。ねっ、楓さんもそう思うでしょ?」

「…………」

どうやら美由紀は、すっかり早合点して、目の前の凪を「楓本人が姿を変えて、アシハラノクニにやって来たもの」だと思い込んでしまったようだ。

これに対し、凪をどう返答していいか分からず、無邪気に再会を喜ぶ美由紀を呆然と見つめていたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、ちょっとだけ顔を上げた。その視線の先には、カグツチの姿があった。

〈……まあ、そういうことにしとけ〉

そう言いたげに、カグツチは凪にうんうんとうなずきを返した。

「ねえ、楓さんったら、返事してよ」

「……そ、そうですね。私も嬉しく存じます、美由紀さん」

そして、この場にいた人たちは皆、美由紀の「嬉しい勘違い」に内心ほっとした様子だった。美由紀に悟られないよう、顔には出さないでいたが。

――いや、ほっとしていないというか、それどころではなかった人が、約1名。

「おーい……」

情けない声が聞こえ、一同が振り返る。その先にいたのは、悪霊集団ごとクモの糸でがんじがらめになっていた猛であった。

はい。皆さん「感動?の再会」にばかり気が向いて、猛のことをすっかり忘れておりました。

まあ、何はともあれ、凪の「捜し物」は見付かったし、居残っていた悪霊どもは文字通り一網打尽にしたし、楓の「本当の秘密」は美由紀にバレなかったし、全ては丸く納まったということで。

あとの事は知らんけど。

59. 七海との再会

ここで話を一旦、第41話の直後に戻そう。『千夏物語』でいえば、第22話の日の夕方になる。

5月1日(月曜日)、出雲学園。

すっかり日も暮れ、クラブ活動を終えた学生たちが帰宅を急ぎ、続々と校門をくぐっている頃だった。

「うーん、さっぱりした♪」

見た目女子高生な美由紀が、体育館のシャワー室から出てきた。もちろん、既に服は着ている(笑)。

訪問先の空手道部で、何も知らない部員たちを片っ端からコテンパンにした美由紀だが、やはり女性として、かいた汗のにおいは気になるもの。訪問を終えると、美由紀は早速部室からシャワー室へ移動し、綺麗さっぱり、体の汗を洗い流した。

そして、体育館のそばにある剣道場の横を通り過ぎようとしたところで、美由紀は一旦立ち止まり、チラリと中の様子をのぞいた。

どうやら、彼女と同様に剣道部を訪問しているカグツチは、まだ部員を相手に胸を貸しているようである。

「しょうがないなあ……。先に校門に行って待ってるからね」

別に待ち合わせの約束をしているわけではないが、やはり「お兄ちゃん」と帰りたい美由紀である。彼女はカグツチに届きそうもない小さな声でそうつぶやくと、そっと剣道場を離れて、校門へと向かった。

〈あの頃もやったことなかったしね、校門でひとり、お兄ちゃんを待つ妹ってシチュエーション♪〉

こんなことを考えながら。

さて、美由紀が去った後のシャワー室に、道着姿の、しかし明らかに学生ではない女性が入ってきた。

「やっぱり、帰る前に汗ぐらいは流さないとね」

今日の弓道部の指導を終えたばかりの、七海である。

道着と荷物を脱衣所に残し、七海はシャワー室に入る。

そして、シャワーのお湯を浴びながら、彼女はひとり、そっとつぶやいた。

「千夏は……大丈夫よね。ヒミコさんがいるし」

この日は、一人娘の千夏が、この出雲学園に短期編入した日でもある。

七海は出雲学園に着くと、いつもなら弓道場へ直行するのであるが、この日は道場へ行く前に、千夏が入ったというクラスの教室に立ち寄ってきていた。やはり、娘のことが心配だったのだ。

そして、教室の窓のそばまで来た七海が、自らを壁に隠して中をのぞいてみると、放課後の閑散とした室内に、千夏とヒミコの二人だけが残り、今後のことについて話し合っている様子だった。

実は七海が、「昨年、白鳥明日香のクラスに転校してきた」ヒミコの正体を知ったのは、ほんの数カ月前のことである。

元々七海は、千夏の事で六介からアドバイスを受けていたが、そのうち六介は、「千夏ちゃんには正式の修業が必要じゃろう」と考えるようになり、ヒミコに話を持ちかけた。それでヒミコは、自分の方から密かに七海に会い、自らの正体を明かした上で、七海から直接千夏について話を聞いた。

――これが、今回の千夏編入へと至った経緯である。

そんな訳で、母親として気にはなるが、既にヒミコに娘のことを任せた立場でもある七海は、変に干渉するのも良くないと思い直し、結局千夏たちに気付かれないようにして、そのまま静かに教室を離れたのだった。

さて、シャワー室の方に話を戻そう。

と言っても、既に七海はシャワー室を出て、元の普段着に着替えている。そして、中に道着をしまったショルダーバッグを肩にかけ脱衣所を出ると、七海は、

「今日の夕ご飯、どうしようかな……」
などと、ひとり言葉を口にしながら、校門へと足を運んだ。

今日は帰宅しても七海一人しかいない。娘はもちろん白鳥家に下宿しているし、夫の誠一郎は1週間の予定で、昨日から地方へ取材旅行に出かけている。そのため、今晩は最初から外食で済ませるつもりでいた。

そうして七海が、校門が見える所まで来た時だった。

「……あれ?」

校門の脇に立つ女の子の姿が、七海の目に留まった。

見かけは女子高生ながら、制服ではなく普段着姿。そして彼女は、何やら人を待っている素振りを見せている。

そんな彼女をしばらく見ているうちに、ハッと七海は思い出した。

「そうだ、あの時の!」

先週、駅前で見かけた、「あの頃の美由紀ちゃんによく似た女の子」である。

七海はそのまま校門の方へ進み、彼女の元に近付いた。そして、

〈ねえ、あなた、ここの学生じゃないでしょ? 誰か待ってるの?〉
と、声をかけようとして――逆に彼女の方から声をかけられたのだった。

「あっ、七海ちゃん、お久しぶり!」

「……何やってんだ、あの二人は」

訪問先の剣道部から帰ろうとしていたカグツチは、校舎の下足室からそれを見て、ただただ呆れていた。

「ずるーい! 美由紀ちゃん、何よ、その格好。完全に高校生じゃない!」

「私だって、好きでやってんじゃないんだから! 本当は1日で戻るはずが、戻らなくなっちゃったの!」

「大体、美由紀ちゃんはアメリカでしょ。いつの間に帰国してたのよ?」

「あくまで一時帰国。お兄ちゃんがネノクニから里帰りするから迎えに来てやれって、玄武さんに言われたから」

「先輩がっ!? ど、どういうことよ、それ!?」

「あれ? おじいちゃんや綾香さんから聞いてなかった?」

「初耳よっ!」

スレンダーな体の中に大人の雰囲気をたたえた女性と、ピンクのジャケットをまとった女の子。

この二人が、校門から学園内に入ってすぐの所で、何とも子供染みた言い争いをしていた。はたから見れば、まるで親子喧嘩である。

家路を急ぐ学生たちは、我関せずというか、関わり合いになりたくないといった風情で、二人から目をそらしながら校門へ向かっていた。

「まあ、俺たちも七海ちゃんの来る日に合わせて、ここに来たんだけどな」

毎週月曜、七海は母校の弓道部を指導するために、横浜の自宅からこの出雲学園までやって来る。

元々六介から「せっかくの機会だし、剣道部を訪ねたらどうだ」と誘われていたカグツチは、それならと、七海がやって来る月曜に、その訪問日を合わせたのだった。

つまり、今回カグツチが出雲学園を訪問したのは、七海との再会を果たすことが第一の目的だったといえる。部活訪問は建前というか、あくまでそのついでだ。

そして、昨日実家である塔馬邸に来ていて、そのことを知った美由紀が、「だったら私も行く」と言って、カグツチに付いてきたのだった。

で、カグツチより先に対面した美由紀と七海が――この有り様である。

さすがに見てられなくなったカグツチ。さっさと二人に近付いてきて、何気ない素振りで声をかけた。

「おーい、美由紀、今度は七海ちゃんと決闘か?」

その声に気が付いた美由紀が、振り返ってカグツチに言い返す。

「誰が決闘よ! 七海ちゃんは、お兄ちゃんとは違うんだから」

そして――。

「先輩……」

七海が先日、一瞬駅前で見かけた時は気付かなかったが、こうして目の前にいるカグツチには、確かにあの頃の「塔馬ヒカル」の面影があった。

七海は、20年ぶりに見たカグツチの姿に感極まり、それ以上、何も言葉が出ない。

そんな七海に、カグツチは再会できた喜びと、遠くへ去ってしまった申し訳なさを込めて、挨拶の言葉をかけた。

「……ただいま、七海ちゃん」

それからカグツチは七海に、自分が1カ月の予定で出雲町に帰郷することになった経緯を語った。

もっとも、第1章と同じ内容なので、ここで繰り返すことはしない。

それを聞いて、七海は不満げに、カグツチに言った。

「それじゃ先輩、先々週の水曜には、ここに帰ってきてたんですか!?」

「先々週って……ああ、そういえば、もうそれぐらいになるのか」

で、カグツチはカグツチで、七海に言い返した。

「でも俺だって、七海ちゃんが毎週出雲学園に来てるなんて知ったの、先週のことだけどな」

美由紀も言う。

「私だって、こないだの金曜だよ。それも、千夏ちゃんがこっちに来た時の事をヒミコさんから聞いた時に、話に出た程度で」

「あれっ、そうなんですか? てっきり、六介おじいさまから聞いてるとばっかり」

こうして考えてみると、カグツチが帰郷した当日の夜、明日香が「沢木先生」のことに話が及んだ際に、それが七海のことだと六介があえて伏せていたのは、何とも罪作りな話である。

そのせいで、先週、カグツチたちと七海が再会する機会を逃していたのだから。

さて、美由紀の台詞を聞いて、カグツチはあることを思い出したようだ。

「――と、そうだった」

「何ですか?」

七海が聞くと、カグツチは一瞬言い淀んでから、こう答えた。

「その……俺も千夏ちゃんに会ったよ。その金曜の夜に」

もちろん、自殺した桐山千夏ではなく、七海の娘、沢木千夏のことである。

そして、それを聞くと七海は、「あっ……」と言ったきり、口をつぐんでしまった。カグツチも、言葉が続かない。

沈黙する二人を前にして、美由紀は何とか場をつなごうと、こんなことを言った。

「うんうん、千夏ちゃんって凄いね。あの珍獣を一瞬で氷漬けにするなんて。私も見たかったなあ」

しかし、その途端、二人の周りの空気がますますどんよりとしてきた。「……あ、あれ?」

カグツチがたまりかねて、悲壮な表情のまま口を開く。

「ネノクニで呪法を散々ぶっ放してきた俺たちが言えた義理じゃないんだけど、千夏ちゃんが駅前で見せたあの力、あれはちょっと、シャレにならない。このままでは、いつ自分の力に押し潰されても、おかしくないだろう」

「そう、ですよね」

七海はカグツチの言葉を受け止めるように、コクリとうなずいた。

そして、七海は続ける。

「千夏は……どうして、こんなとんでもない力を持って、生まれてきてしまったんでしょうか。こんな、何の役にも立たない、ただ自分を苦しめるだけの力のために、あの子は……」

七海は顔を伏せたまま、娘の苦しみを己の苦しみとする母の気持ちをありのまま込めて、この言葉を紡いだ。

するとカグツチは、先ほどとは打って変わって、笑みさえ浮かべながらこう答えた。

「それは違うよ、七海ちゃん」

「えっ……?」

思わず顔を上げた七海に対し、カグツチは続ける。

「俺だって、他人から見ればとんでもない力を持っている。そしてそれは、ヨモツオオカミからネノクニを、引いてはこの世界を救う『救世主』となるためだった。それを果たした今も、俺はネノクニに残り、アマテラスと共にネノクニを守るためにこの力を使っている。

七海ちゃんの弓術だって、元々は俺たちとネノクニで戦うために必要だったからじゃないのか? そして今も、後輩へ指導するために、その力を立派に役立てているじゃないか」

七海たちヒロインは未だ知らされていないが、彼女たちもまた、「救世主」と共に戦うためにアシハラノクニに送り込まれた神官の娘であることを、カグツチは知っている。この台詞は、それを踏まえたものだ。

カグツチは、更に続けて言った。

「俺は、千夏ちゃんのあの力も、どこかで何かの役に立つように、何らかの意義があって、千夏ちゃんに与えられたものだと思う。

今はまだ苦しいだけかも知れないけど、ヒミコの指導の下で、その力を真に自分のものにすれば、きっと何かが見えてくる。俺は、そう信じる。

――あの、汀ちゃんのようにね」

「あっ……」

七海は思い出した。汀のことは、七海も六介から以前聞かされていたからだ。

もっとも、千夏のことに心を砕いているうちに、すっかり忘れていたようであるが。

そんな話をしているうちに、辺りはすっかり暗くなり、日も落ちようとしていた。

「おっと、もう遅いな。七海ちゃん、今日は旦那さんは?」

カグツチが聞くと、七海は答えた。

「今週は、取材でずっと留守なんです。日曜には別の仕事があるんで、土曜には帰ってくるんですけど」

すると、横で聞いていた美由紀が、とんでもないことを口にした。

「あーっ! 七海ちゃん、お兄ちゃんを家に引き込もうとしてるーっ!」

もちろんジョークなのだが、七海は顔を真っ赤にして、真っ正直に否定する。

「違いますっ!」

これを受けて、カグツチは頭をかきながら、七海に言った。

「そうなんだよな。せっかくの機会だし、俺としても七海ちゃんともっと話がしたい。だから、俺の方から横浜に訪ねたいぐらいなんだが、世間の目というのがあるし」

すると、七海の方から、思わぬ提案が出た。

「だったら、日曜に、私がこちらに来ます」

これに対し、カグツチは心配になって、七海に聞く。

「えっ? でも、旦那さんは」

「実は、誠一郎さん――主人の日曜の仕事というのが、この日に出雲町に帰ってくる渚先輩への取材なんです」

思わぬ名前を聞き、カグツチはびっくりした。

「渚がっ!?」

すると、美由紀が付け足して言った。

「そうだよ。今度の日曜、渚先輩が大斗家に来るって。汀ちゃんの様子とか、あと、瑞親さんとも何か話があるみたいで、それから取材も――って、そっか。取材って、七海ちゃんの旦那さんだったんだ」

これを聞いて、カグツチは美由紀をじとーっとにらむ。

「美由紀……そういう大事な事を、なぜ俺に言わない」

「へへーっ、土曜にいきなり暴露して、お兄ちゃんを驚かせる計画だったのでした」

そう言って、美由紀は舌を小さくペロッと出した。

七海は、話を続ける。

「元々主人から『一緒に行かないか』って誘われてたんですけど、私自身、これまでも渚先輩とは個人的に何度も会ってますし、主人の仕事に差し障りがあってもいけないと思って、遠慮してたんです。

でも、そういうことなら、断る理由はありませんね」

これを受けて、カグツチは言った。

「だったら、綾香さんも……いや、綾香さんは仕事があるか」

すると、美由紀が笑みを浮かべて、カグツチに言った。

「既に確認済みだよ。綾香さんも、1日ぐらいは大丈夫だって」

「美由紀……ひょっとして、じいちゃんも知ってたとか?」

「うん!」

このやり取りを見て、七海はくすっと笑った。

こうしてカグツチは、自分の全く知らない所で、自分と美由紀・綾香・七海・渚のヒロイン4人が、次の日曜に大斗家で一堂に会する手はずになっていることを、今頃になって知らされたのであった。

バツの悪さを感じたカグツチは、

「悪い。俺ももういい加減に家に戻らないと、じいちゃんが待ってる」
と言い残して、二人より先に出雲学園をあとにした。

そして、その帰り道でタマモに出くわし――第42話に続くのであった。


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