カグツチ帰郷物語・第1章

※ 本作品は、『IZUMO2 学園狂想曲』ハッピーエンド後を前提とした、連載SSです。

第1章 帰ってきたカグツチ


0. プロローグ

(たける)とサクヤが結ばれて、半年。

今年も出雲学園に、桜舞う春が訪れた。

3年に進級した、猛・芹(せり)・琴乃(ことの)・麻衣(まい)・剛(たけし)・汀(みぎわ)、ついでに鈴木(笑)。

2年に進級した、サクヤ・明日香(あすか)・ヒミコ。

今年も猛たちのクラスの副担任になった、冬木(ふゆき)先生。

保健室に相変わらず居座っている、玄武(げんぶ)

そして――もちろん元気そのものの、六介(ろくすけ)

皆、まあ、ぶっちゃけて言えば、今まで通りの平和な日常を、これまで通り過ごしている。

変わった事といえば、猛とサクヤが正式にカップルになったこと、そして、3年組(剛・汀を除く)は大学受験が待ち受けていることぐらいだろうか。

ちなみに、この半年の間、大活躍したのが、二つの世界を繋ぐ通信手段――宝貝(ほうばい)である。

サクヤと、両親であるカグツチ・アマテラスとの通話に使われているのはもちろんだが、カグツチは猛に対しても、婚約者の父親――というよりは人生の先輩として、いろいろと助言しているようだ。

だから、この日の夜、サクヤの携帯――もとい、宝貝が鳴った時も、猛とサクヤは、またカグツチからの定時連絡ぐらいにしか思っていなかった。

1. それは、1本の宝貝から始まった

♪かが~み~の~むこ~う~ゆ~がみだ~した

サクヤの部屋で、机の上に置いてあった宝貝から、突然そんなメロディーが流れ出した。

「わっ! えっと……猛君、ごめん」

サクヤはベッドから起き上がると、右手でパジャマを正しながら、左手で宝貝を取った。

(ピッ!)

「もしもし、サクヤです。……あっ、お父さん」

〈カグツチの野郎……!〉

ベッドに取り残された猛は、突然の“電話”に甘美な時間を妨害された恨みを、心の中で宝貝の相手にぶつけた。

ちなみに、猛がサクヤとそれまで何をしていたかについては――まあ、言わずもがな、である。

ところで、冒頭のメロディーだが、言うまでもなく「着メロ」である。

しかし、本編にはそんな描写はない。実際3カ月前、最初に宝貝が着メロを鳴らすのを見て、猛はびっくりしていたが、サクヤはあっけらかんと、

「あっ、また成長したみたいだね」と言ってのけた。

どうやらサクヤによると、宝貝は「成長して、どんどん機能強化していく」ものらしい。

それを聞いた猛は唖然として、そのうちカメラ機能だのワンセグ受信機能だのも付くんだろうかと、手持ちの携帯(通話とメール機能のみの安物)を見ながら、はあっとため息をついたそうな。

宝貝の通話に話を戻そう。

宝貝の向こう側――カグツチは、いきなりこう返した。

「元気そうだな、サクヤ。どうだ、猛君は優しくしてくれてるかい?」

すると、サクヤは顔を真っ赤にして、

「お、お父さんっ!? い、いきなり何をっていうか、どうして分かったの!?」

宝貝の向こうから、カグツチのため息が聞こえた。

「……別にそういう意味で言ったんじゃなかったんだが。ひょっとして、お取り込み中だったか?」

「あっ、あの、そのー……」

失言に気付いたサクヤ、更に顔を真っ赤にさせております。今にも顔から蒸気が噴き出しそうだ。

「ハハハ。まあ、サクヤたちがその様子なら、他のみんなも心配はなさそうだな」

周囲の人たちが修羅張ってる時に、自分たちだけ我関せずと乳繰り合ってるようなサクヤと猛ではない。――カグツチはそう言いたいわけだ。うん、ちゃんと分かってらっしゃる。

「う、うん」

「さて、本題なんだが――」

(ピッ!)

サクヤは通話を終え、宝貝のスイッチを切った。

「ったく、カグツチは。いいところで割り込んできやがって」

猛は、ベッドでふて寝をしたまま、悪態をついた。

「まあまあ。それより猛君、続きしよ、続き」

そう言ってサクヤは、ベッドに戻って猛に抱き付いた。

「そうだな。あーあ、サクヤもすっかりえっちになったもんだ」

「猛君だよ、私をそういう風に開発したのは」

「開発って言うかよ」

そう言いながらも、猛はまんざらでもないようで、サクヤに口付けした。

――で、事が終わったあと。

「それで、カグツチはさっき、何て言ってきたんだ?」

そう聞いた猛も、この時点では、どうせ中身のない定時連絡だろうと高をくくっていた。

だから、このサクヤの返答は、全くの想定外だった。

「うーんとね。――明日から1カ月ほど、お父さんがこっちに来るって」

「何だってーーっ!?」

2. 六介は、内心大喜び

翌朝。

「ほお、サクヤちゃんのお父さんがやって来るか」

いつものメンバーが食卓を囲んでいる中、猛とサクヤは、カグツチが今日こちらにやって来るという話を、六介に伝えた。

「そういえば、カグツチさんは元々、こちらの人だったんですよね」

一緒に聞いていた琴乃が、そう言った。

「もうあれから半年以上になるんだね。うーん、すぐにでも会いたくなってきちゃった」

明日香も、そう言って笑った。

「前触れなしにいきなりなんて。何ていうか、カグツチさんらしいわね」

そう言って、芹はため息をついた。

「でも、本当にいいのか、じいちゃん? 1泊2泊ならともかく、1カ月だぜ」

「わしなら構わんぞ。部屋なら、以前ニニギに使わせてたのが、そのまま空いとるしのう」

それを聞いて、サクヤは満面の笑みで礼を言った。

「ありがとう、お爺様!」

「でもよく考えたら、カグツチ……さんは何で今日まで里帰りしてなかったんだ?」

ふと、猛がそんなことを言った。六介の前で、さすがにカグツチを呼び捨てには出来ない。

それに対し、サクヤが静かな口調で答えた。

「お父さんは、ネノクニに必要な人だからね。

村のみんなを悪霊たちから守るってのもあるけど、それ以上に、お母さんから離れるわけにいかないから。

『救世主』であるお父さんと『夢を紡ぐ力』を持つお母さんとが、心を一つにして祈りを捧げ続けないと、二つの世界の理(ことわり)を維持することが出来ないから」

「…………」

サクヤの言葉に、猛は何も言葉を返せなかった。この場にいた他の人たちも同様だった。

少しの間だけだったとはいえ、カグツチたちとネノクニで生活を共にした彼らには、カグツチの立場がどういうものか、痛いほど分かる。

猛たちは知っている。半年前の自分たちと同様、カグツチも出雲学園の学生だった20年以上前、仲間たちと共にネノクニに呼び出された一人だったことを。

そして全てが終わり、仲間たちはこちらに帰ってきたが、カグツチはアマテラスと共に生きることを選び、そのままネノクニに残ったことを。

(もっとも猛たちも、カグツチの「仲間たち」が実は自分たちの母親であることを、今の時点では知らない。まして、カグツチがかつて、六介の養子「塔馬(とうま)ヒカル」だったことも)

猛は想う。

〈それからいろいろあって、俺はこちらに戻り、サクヤの方がこちらに来て、そして結ばれた。

でも本当なら、俺の方がネノクニに残り、サクヤと共に生きる道を選んだとしてもおかしくない。いや、むしろその方が自然なんだ〉

そう。猛にとっては、自分が今のカグツチのようになったとしても不思議ではなかったのだ。

しばらくして、芹がふと浮かんだ疑問を口にした。

「ちょっと待って。それじゃ、カグツチさんがネノクニを留守にしたら、大変な事になるんじゃないの?」

「それは大丈夫。1カ月ぐらいなら、お母さん一人でも理を維持できるって、お父さん言ってたし。

それに私、知ってるんだ。猛君たちがネノクニに来た日以来、お母さんがお父さんに、里帰りをしきりに勧めてるのを」

「つまり、お父さんの里帰りは、お母さんの意志でもあるわけじゃな」

六介の台詞を受けて、サクヤは続けた。

「むしろ、お父さんはネノクニから離れたくないけど、お母さんに言われ続けて仕方なく、というのが本当のところじゃないかな」

「それじゃ、じいちゃん、いってくる」

「いってきまーす」

「おう、いってらっしゃい」

朝食も終わり、登校する猛たちを玄関で見送った六介は、彼らの姿が見えなくなるのを確認して、ひとりつぶやいた。

「ヒカルの奴……。帰ってきたら、どうやって迎えてやろうかのう」

3. 猛とサクヤは、うっかりさん

お昼休みのランチタイム。

「カグツチがっ!?」

剛の驚いた声が、校舎の屋上全体に響いた。

塔馬家メンバー、大斗(やまと)家メンバー(剛・ヒミコ・汀)、そして麻衣とヤタロー。このいつもの面々は、昼休みになると、いつも屋上に集まって昼食を取る。昼食の中身は、人により弁当だったり買いパンだったりと様々だが。

「そういえば、カグツチは元々こちらの人間でしたね」

ヒミコは剛とは対照的に、落ち着いた反応を示す。

「『ネノクニの神様』なんだってね。ボクは会ったことないから、楽しみだなあ」

汀はお気楽なものである。

「ところで八岐(やぎ)君」

「何だ、北河(きたがわ)?」

「カグツチがどうやってこちらに来るか、聞いてるの?」

「えっ……?」

これにはサクヤも、

「そういえば、お父さん何も言ってなかったけど……どうやって来るんだろ?」

「おいおい、それじゃ、どうやって迎えに行くんだ?」

「カア」

呆れ顔の剛に続いて、ヤタローが馬鹿にしたように一声鳴いた。

「カグツチさんは、反魂(はんごん)の術は使えないの?」
と芹が聞くと、サクヤは答えた。

「お父さんには無理だよ。私やお母さんと違って、呪術は得意じゃないから」

横で聞いていたヒミコが補足する。

「『反魂の術』は世界の理を一時的に破る高等呪術ゆえ、その使い手はネノクニでもほとんどおりません。私(わたくし)や四聖獣、あとはアマテラスのように『夢を紡ぐ力』を持つ一族の者のみかと」

「私はその『一族』だけど、まだ修行中の身だから満月の夜でないと使えないし」

これを聞いて、猛にある疑問が浮かんだ。

「待てよ。じゃあ、北河はどうやってこっちに来たんだ?」

麻衣は元々ネノクニの人間である。幼い頃にオオナムジに拾われ育てられた麻衣は、今から10年ほど前にアシハラノクニに送り込まれた。そして北河神社の神主・北河綜源(そうげん)の養子となり、今日に至る。

「分からない。多分、オオナムジ様が……」

麻衣が言葉を濁すと、代わってヒミコが答えた。

「恐らく麟(りん)がオオナムジに頼まれてやったのでしょう。当時の悪霊軍の中で、反魂の術を使えるほどの呪術者は私と麟だけです」

「結局のところ、どうしようもないんだよな……」

今日の授業が終わり、ホームルームが始まるまでの僅かなインターバルの時に、猛はそうつぶやいた。

「何が?」と芹が聞く。

「カグツチの件。とにかく、あちらの方から指示を出してくれないと、こちらとしては動きようがない」

その時、教室内に校内放送が流れた。

「(ピンポンパンポーン)

3年×組の八岐猛君その他の皆さーん、ホームルームが終わったら、至急、保健室まで来なさーい♪」

保健室の主、玄武の声だった。

4. 玄武、分身の術?

ホームルームが終わり、放課後。

「何だよ、玄武、この忙しい時に――わあっ!?

「何よっ、さっきの『その他の皆さん』ってのは――ええっ!?

文句を言いながら保健室に入ってきた猛と芹は、目の前の非常識な光景に思わず叫び声を上げた。

「ああ、猛。そっちこそ遅かったじゃない」

「だって、全員の名前をいちいち挙げるなんて、めんどくさくって」

反論する玄武たちを前に、あとから入ってきた琴乃が呆然として言った。

「げ、玄武さんが……二人……?」

「ああ、彼女? こちらは、あたしの行き別れの双子の妹」

猛たちから見て左の玄武がそう言って、にやりと笑った。

「……笑いながら、見え見えの嘘を言うんじゃねえ」

一同を代表して、猛が突っ込んだ。そりゃそうだ。妹持ちの四聖獣なんて、作者も知らん。

「『影』、ですね?」

思い至った剛が、確認のために玄武たちに聞くと、右の玄武が答えた。

「ピンポーン♪。って、そりゃ、剛は知ってるわよね。自分が使えるし」

「剛がって……ああっ、あれかあっ!」

猛もやっと分かったようだ。しかし、他の皆さん(ヒミコを除く)は相変わらず、頭上に???を浮かべていた。

『影』とは、自分自身の影に霊力を照射することで、自分自身にそっくりの霊体を生み出す呪術である。剛もオオナムジからこれを学び、あの猛との勝負で使っているので、猛・剛は見覚えがある。

念のために言うが、影に霊力を当てるのは、その方が自分自身の姿をイメージしやすいからそうしているだけで、別に影自体が依り代になっているわけではない。第一、カゲ○ターやシャ○ーマンじゃあるまいし、本物の影を本体と独立させて自由に動かすなんて、いくら四聖獣でも出来っこない。それこそ物理法則に喧嘩を売っている。

では、なぜ玄武がこんな所で『影』を使っているかについて説明しよう。先に言うが、別に猛たちを驚かすためにやったわけじゃない。いや、玄武ならそれだけの理由でやりそうだが。

四聖獣一同がアシハラノクニに居着いてしまったため、ネノクニに残った麟一人に守護神の働きを押し付ける形になり、一時期、麟と四聖獣は一触即発の危機を迎えていた。

結局ヒミコの仲裁により、四聖獣は一人ずつ、1カ月交替でネノクニに戻ることになったのだが、ここで問題となったのが、四聖獣は皆、出雲町で仕事を持っており(白虎(びゃっこ)も、現在は喫茶店で働いている)、安易に出雲町を離れられないという事実。いろいろ考えた末、個々の四聖獣はネノクニにいる間、出雲町には自分の『影』を置き、文字通り自身の「影武者」とさせることになったのである。

(当然ながら、これまでその事実を知っていたのは、当事者とヒミコ、そしてカグツチ家だけである)

――とまあ、以上の事をヒミコが長々と説明したあと、左の玄武(こちらが本物)が一言だけこう付け加えた。

「で、今日の夕方、ネノクニに行ってた白虎がこっちに戻ってくるから、入れ替わりにネノクニに行くあたしが『影』をこしらえて、その準備をしてたのよ」

すると、サクヤが説明中ずっと抱いていた疑問を口にした。

「でも玄武様、何で今日になって、そのことを私たちに明かしたんですか?」

これに対し、今度は右の玄武(つまり『影』)がため息をつき、答えた。

「にぶいわねえ、サクヤ。

白虎がカグツチを連れてくる以上、こっちの事情も説明しないわけにいかないからでしょ」

5. いってらっしゃーい!

その頃、ネノクニ・カグツチの里では――。

「はは……。里のみんな総出とは、随分大げさだな」

「何をおっしゃいます、カグツチ様。我らが長(おさ)の、生まれ故郷への栄えある凱旋(がいせん)じゃないですか!」

大群衆を前にして苦笑を浮かべるカグツチに対し、普段からカグツチと行動を共にしている軍参謀の一人が、里の住民を代表するように口上を述べた。

「そうだそうだ!」

「カグツチ様、万歳!」

群衆のあちらこちらから賛同の声が響く。

カグツチの衣装は――あの立ち絵通りの――戦装束であり、はたから見ると、まるで悪霊退治の出陣式なのだが、ネノクニではこれがカグツチ唯一の正装なのだから仕方がない。

「しかし、アマテラス……今更だが、本当にいいのか?」

カグツチは、群衆の最前列中央に立つ、愛妻にして「里の真の長」アマテラスに、改めて確認するように尋ねた。

「はい。20年前、まだ見ぬ救世主様に一人で祈りを捧げ続けていたことを想えば、たった1カ月、何ということはありません。これが1年とかなら、死んでも嫌ですが」

「それはない。1カ月後、俺は必ずここに戻る」

アマテラスの言葉に真実を感じたカグツチは、笑いながら、しかし真剣な口調で彼女に答えた。

「父上の留守中は、俺が叔母上を、そして里のみんなを守ります。命に替えても!」

アマテラスの隣にいた、カグツチの「不肖の息子」ニニギが、力強い口上と共に愛剣・布流剣(ふるのつるぎ)を右手に捧げた。

「……俺としては、お前が一番心配なんだがな」

「ははっ、何をおっしゃいますか、父上。俺の天才的剣術に、この秘剣・布流剣が加われば、まさに鬼に金棒、天下無敵――ぐあっ!」

いつものようにお調子に乗るニニギの後頭部を、ニニギの母にしてアマテラスの姉である精霊ツクヨミが、思いっ切りグーで殴った。

「その無敵のニニギが、猛に負けて、すごすごと帰ってきたのは、いつだったかしら?」

「母上……」

〈本当に大丈夫か……?〉

そんな不安を抱くカグツチに対し、彼の傍らで控えていた白虎が励まして言った。

「心配するな。ネノクニには他に麟もいるし、玄武も戻ってくる」

「玄武か……」

しかし玄武の名を出した途端、かえって不安は増し加わったようだ。

「……し、心配するな。玄武も四聖獣の一人だ。あれでも、一応……」

白虎も、本音を隠し切れなかった。

しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。カグツチにとっても、作者にとっても。

カグツチは、自らの不安を自ら払拭するように、自分を見送りに来てくれた里のみんなに対し、叫んで言った。

「それでは、いってくる!

里のみんな、俺が帰ってくるまで、この里を、そしてネノクニを頼んだぞ!」

「オーッ!!」

まるで勝ちどきのような歓声が、全群衆を包んだ。

「それじゃ、白虎、頼む!」

「ああ!」

既に準備万端だった白虎が、カグツチの左手を掴む。

その瞬間、カグツチの魂は天空へと舞い上がった。

「――いってらっしゃい、あなた」

姿を消した愛する夫へ、アマテラスはそう呼びかけた。

6. ただいまーっ!

そして、話は再び出雲学園へ――。

時は夕暮れ、日没寸前。

体育系クラブの部員たちは皆、帰宅し、静まり返ったグラウンドの片隅には、保健室から『影』一人を残して移動してきた玄武と猛たちが集結していた。

片隅と言っても、ちょうどグラウンドからは校舎の陰に隠れ、よく見えない位置だ。

「あたしたちはいつも、この時間にこの場所で交替しているわ。

元々出雲学園は霊気の強い場所にあるから、呪術を行うには都合がいいの。あと、屋上はかえって目立つし、万一トラブった時のことを考えると、室内は避けたいしね」

玄武は、猛たちにそう説明した。

「なるほど。ここなら、部外者にも発見されにくいな」

剛が納得の表情でうなずいた。

「でも、ここって、確か科学部辺りが結構来てるよ。『ちょっと危険な』実験の場として」

汀がそう言うと、玄武が答えた。

「だからこそよ。万一見付かっても、『また科学部が何かやってるな』としか発見者は考えない。でしょ?」

「へえ、ちゃんと考えてるんだ」

猛が感心していると、ヒミコが真相を暴露した。

「この場所を薦めたのは私です。特に玄武と朱雀(すざく)は、後先考えずにこちらにやって来て、しょっちゅう騒動を引き起こしてましたから」

――などと、みんなが喋っているさなかだった。

「……来る!」

突然麻衣がつぶやき、植木の方へ振り向いた。

釣られるように残りもそこを見やる。確かに、植木のそばの空間が徐々に歪みを増し、やがてそこに、球形状の黒い塊が形成されようとしていた。まるで、全てを吸い込むブラックホールのようだ。

「……来たわね。みんな、離れて!」

玄武の指示で、猛たちは後退し、闇の玉を遠巻きにする。

徐々に成長していく黒いボール。しかし突然、そのボールの中央からフラッシュのように強い光が放たれ、辺り一面を白く染めた。

「うわあっ!」

「まぶしい!」

猛と琴乃を始め、あちこちから悲鳴が上がった。男二人は片腕をかざし、女子たちは両手で目を覆う。微動だにしないのは、「百も承知」の玄武とヒミコだけ。

やがて光が収まり、景色が元に戻る。

全員目を上げると、既に先ほどの闇の玉は消えていた。代わりにそこにあったのは、二人の人物が立っている姿。

「うむ。みんな集合していたか」

そう言ったのは白虎。そして、

「……帰って、きた」

万感の思いでつぶやく男。

「お父さんっ!!」

サクヤはたまらず、半年ぶりに会う父に飛び付いた。

7. 汀は、初対面です

「お父さん……ぐすっ……ぐすっ……」

カグツチに抱き付いたサクヤは、久方ぶりの父との再会に、涙が止まらない。もっとも、「久方ぶり」といっても――。

「おいおい、サクヤ。あれから、まだ半年もたってないだろ?」

カグツチの言う通り、このサクヤの行動は、さすがに大げさという気がするようなしないような。

「お久しぶりです……カグツチさん……」

「また……会えました……」

あーあー、白鳥(しらとり)姉妹もすっかりもらい泣きしてるよ。

「ほら、サクヤ。お父さん、困ってるだろ?」

そう言って、猛はサクヤの背後に行き、彼女の肩に手を置いた。

「う、うん……」

猛に促され、やっとサクヤはカグツチから離れた。

「はは……みんなも久しぶりだな。元気そうで安心したよ」

カグツチは苦笑いを浮かべながら、そう言って猛たちを見渡し――一人の女の子の姿に気付いた。

「えっと……君は……?」

それは、この中で、カグツチが会ったことのない唯一の女性。

しかし彼女は、カグツチがよく知る“あの人物”の面影をはっきりと受け継いでいた。

「は、初めまして。倉島(くらしま)汀です」

これを聞いて、カグツチは納得した。やはりこの子が、“彼女の娘”だったかと。

「そうか、君が汀ちゃんか。話は聞いてるよ。えらい災難だったね」

汀のことは、カグツチもサクヤから聞いていた。汀が実はヤマタノオロチの転生であり、そのせいで汀がオロチの力に呑み込まれて死にかけたことも含めて。

「いえ。お陰でボクも強くなれましたから。ヒミコさんに負けないくらいに」

汀がそう答えた瞬間、ヒミコの周囲の空間が淀む。

「汀さん、たった今、聞き捨てならないような言葉を耳にしたのですが」

「あれっ、よく聞こえなかった? 見かけは少女だけど実はウン千歳のヒミコさん」

二人の間を稲光が走る。汀とヒミコ、一触即発。

「おい。頼むから、今日だけはバトルは控えてくれ」

苦り切った表情で、剛が二人を抑える。

何しろこの二人、週に2・3回は剛との同衾権を賭けてバトルを繰り返しているのだ。さすがの剛も身が持たない。

「はーい♪」

「分かっております」

こんな3人の様子を見て、カグツチは笑って言った。

「はははっ、大変だな、剛君」

「ええ。まさか、こちらに戻ってきて、こういうことになるとは思いませんでした」

そんな会話の横から、汀が割って入った。

「ところで、カグツチさん?」

「ん、何、汀ちゃん?」

「単刀直入にお聞きします。カグツチさんは、ボクのママとどういうご関係だったのですか?」

「……えっ?」

8. 汀、ラブコメの読みすぎ

「えーと……汀ちゃん、それってどういう意味かな?」

いきなりの質問に、とまどうカグツチ。

「ママはネノクニのことを以前から知っていました。ボクがこんなことになる前からね。

そして、ママとカグツチさんは、共に出雲学園の出身です。

つまり――」

汀の台詞を遮るように、やっと意図を悟ったカグツチが答えた。

「期待に添えないようで悪いが、俺と倉島渚(なぎさ)には、いかなる意味でも『間違い』は起こらなかった。ただの喧嘩友達だ」

「えっ、そうなの?」

そしてカグツチは答えを続けた。約20年前の、あの戦いの日々を振り返りながら。

「第一、あの頃、俺の周りには女の子……いや、女性が5人もいたんだ。俺と同時期にネノクニに送られたのが、渚を含め4人。そしてネノクニにいたアマテラスを加え、最終的には6人パーティーだった。そんな衆人環視の中で、『間違い』が起きようがあるか?」

「それは言えてるな」

全く同じ体験をした猛が同意してうなずく。

ちなみに、カグツチが「女性」と言い換えたのは、綾香(あやか)さんがいるため。

「今想えば、俺と4人とは、余りにも存在が近すぎたんだろうな。だから、いろんな意味で仲は良かったけど、恋愛関係にまで進むことはなかった」

そう言いながら、カグツチは芹に視線を向けていたが、芹は気付かない。カグツチは続けて言った。

「結局、アマテラスと結ばれた俺は、全てが終わったあと、4人をアシハラノクニに送り、俺は一人ネノクニに残った。そして、今に至る……だ」

と、ここで終われば綺麗にまとまったのだが、ここで波乱分子が入る。ちなみに、正体は芹。

「つまりカグツチさんは、その4人を帰したあとで『間違い』を犯したと」

「……何のことかな、芹ちゃん?」

「ニニギのことよっ!」

話が元に戻るどころか、かえって悪化したような気がする。

9. カグツチ、早くもピンチ?

ニニギ――それは、カグツチにとっては「触れられたくない過去」。

「ツクヨミって、アマテラスさんの姉で、しかもカグツチさんに仕えてた精霊でしょ? 何で妻を差し置いて、精霊に手を出したわけ!?」

「いや、あれはあくまでも契約の際の事故というか、何というか」

「つまり、契約に乗じて、子をはらませるような事をしちゃったと」

「いや、だから、その……」

芹の詰問に、カグツチはしどろもどろになる。

カグツチも戸惑っていた。きちんと反論しようとすれば、「契りの儀式」の中身に触れないわけにはいかない。

しかし、それを明かすと、ただでは済まない人物が、ここにもう一人――。

「もういいじゃないか、芹。カグツチだって人間なんだから、そりゃ若い頃はいろいろと」

「猛は黙ってるっ!」

「はいっ!」

猛、以後沈黙。

「まあまあ、芹ちゃん。私は、別に気にしてないし」

「サクヤちゃんは良くても、あたしは気にするの!」

「逢須さん、家族のプライベートな事柄に介入するのは、どうかと思うわ」

「同感です。カグツチとアマテラスの愛が確かなことは、私が保証します」

麻衣とヒミコも説得を試みるが、

「二人とも、何か話をそらそうとしてない?」

「…………」

鋭すぎる芹に、両者共に沈黙する他なし。あっさりと陥落。

「契りの儀式」のことを知っている人たちは、どうにかして芹をなだめようとするが、芹は決して矛を収めようとはしない。

まあ、芹の気持ちも分からんでもない。それまでカグツチに対して抱いていた「清廉潔白な愛妻家」というイメージが、あのニニギの登場で木っ端微塵に粉砕されてしまったのだから。

「芹よ、お前は何か誤解している」

「師匠……」

遂に、沈黙を守っていた(まあ、元々寡黙だが)白虎が口を開いた。

あの『出雲学園最強☆決定戦』以来、芹は白虎を師と仰いでいる。白虎の言う事なら、芹も逆らえまい。

これで丸く収まる。――カグツチや猛たちも、そう思ったことだろう。

しかし、作者はここで非情にも、自らの創作活動全般における鉄則の一つを発動してしまうのであった。

それは、「いかなる秘密も必ず暴露される時が来る」。

「主(あるじ)と精霊は、互いに交わり気を練り合わせ、文字通り一つになることで、その契約とする。これを私たちは『契りの儀式』と呼ぶ。人間の男女が、同じ行為によって愛を確かめ合うのと、本質的に違うところはない。ツクヨミの場合、契約と精霊化が逆順するイレギュラーがあったため、ああいうことになったわけだが、本来精霊は子を身ごもることはない。

アシハラノクニでは、己の肉欲を満たすためだけの行為がまん延したため、まるで行為自体が汚らわしいものと捉えられがちだが、それは事実ではない。本来これは、愛や信頼を確固たるものとするための、清らかで神聖なものなのだ。

少なくとも、私がカグツチや猛と契約を結んだ時はそうだった。もっとも青竜(せいりゅう)たちと違って、私がこれまでに契約した相手は他にいないのだが」

あーあー、白虎ったら全部バラしちゃったよ。知ーらないっと。

10. カグツチ、再びピンチ?

「た~~け~~る~~?」

「な……何かな、芹?」

「話は分かったわ。でも、やっぱり……1発殴らせて」

「ひえええええええっ!!」

バキッ!!

すっかり夜も更け、塔馬家への帰り道を急ぐ、猛・サクヤ・芹・琴乃・明日香――そしてカグツチ。

剛・ヒミコ・汀は、迎えのリムジンに乗って先に帰っていった。そろそろ大斗邸に着いている頃だろうか。

麻衣はヤタローと共に、皆と校門で別れ、自分の家――北河神社への道を歩いていった。

白虎は、公園沿いに確保した「こちらの家」へ一人で帰り、そして玄武は白虎と交代して、ネノクニへと向かった。

結論から言うと、白虎のお陰でカグツチは難を逃れた。

それというのも、あの「爆弾発言」によって、芹の怒りの矛先が猛に向かったから。

まあ、あのあと玄武・白虎・ヒミコが「契りの儀式」の詳細について必死に説明したお陰で、芹もどうにか理解はしてくれたのだが、それでも不満が消えたわけではなく、さっきのシーンとなった次第である。

ちなみに、この説明の間、琴乃と明日香は「驚がくの事実」により完全に石化していた。

「はあ……本当に、アマテラスさんとサクヤちゃんが、聖女に見えてくるわ」

まだブツブツ言っている芹。ちなみに後ろを歩く猛は、左の頬が未だに腫れている。

「まあ、儀式というか、それが精霊の掟だしね」

「サクヤちゃんがそれで納得してるんなら、もう何も言えないんだけどね。……何だかなあ。アシハラノクニとネノクニの間には、お互い越え難い文化の溝があるというか何というか」

「黙ってたのは悪かったよ。でも、こんなこと、女の子の前で言えるわけないだろ」

猛が、謝罪だか言い訳だかよく分からない台詞を吐く。

「道理で、意気揚々と四聖獣との試練に向かってったわけよね。男って、ほんとにスケベなんだから」

「もう済んだ事ですし。ほら、家が見えてきました」

琴乃が芹をなだめながら、遠くに見える塔馬家の明かりに目をやった。

「やっと来たか。年寄りを待たせおって」

「あの……本当にいいんですか?」

「構うもんか。それより、合図をしたら扉の方、頼んだぞ」

「はあ」

「……むっ!」

塔馬家のすぐ前まで来た猛たち。しかしカグツチは、20年ぶりの「我が家」を前に感慨にふける様子もなく、むしろ腰の剣をいつでも抜けるように、柄(つか)に手をかけた。

「どうしたの、カグツチさん?」と、いぶかる明日香。

「みんな下がってろ。殺気……というか剣気を感じる」

「えっ!? えっ!?」と、訳が分からないサクヤ。

しかし、猛は同じ「気」を感じたようで、カグツチを一人残して、皆を無言で後方へと誘導する。

――と、突然。

ガラガラッ!と、玄関の扉が「ひとりでに」開き、その向こう側から、

「でやあああーっ!!」

と叫びながら、何者かが一人、剣らしき物を頭上に掲げ、待ち受けるカグツチ目がけて突っ込んできた!

11. ただいま

「でやあああーっ!!」

「ハアアアアーっ!!」

ガギッ!!

カグツチの頭上を目がけて襲いかかる男の刀剣――よく見れば、木刀だった――を、カグツチは1歩も動かずに、素早く腰から抜いた剣の峰でしっかりと受け止める。

「くっ!……見抜きおったか。……くくっ」

「あいにくと……修羅場はくぐってるんでね。……くくっ」

つば競り合いを続けるカグツチと男――とっくにお気付きであろうが、六介である。

「20年も、年寄りをほったらかしよって。……この親不孝者が!」

「息子を木刀で出迎える親がいるかよ……じいちゃん!」

一方、そんな二人を前に呆然と立ち尽くす、6人の若者たち。

「な、何なんだ……一体?」

「さ、さあ……」

特に、先ほどから???しか頭に浮かんでこない猛とサクヤ。

「真剣で受けるお前に言われたくないわ」

「ちゃんと峰だろうが。それとも、木刀ごとバッサリ斬られたかったか?」

「……ふうっ」

「……ふっ」

二人は、ようやく力を緩めると、互いに離れて自分の得物を降ろした。

「強くなったな……」

「まだまだ強いな……」

おかえり……ヒカル

ただいま……じいちゃん

感動的シーンのはずなのに、6人は依然として呆然としたまま。

結局、最初に我に返ったのは明日香だった。

「ひょっとして……おじいちゃんとカグツチさんって、親子?」

12. 明かされる「事実」

「あーーーーーっ!!」

明日香の一言で我に返った残り5人が、今更ながら一斉に驚きの声を上げる。

「何じゃ、言わなかったか?」

「あれっ、話してなかったか?」

一緒に素っとぼけるカグツチと六介。やっぱり、あんたら親子だ。

「聞いてないわよっ!……って、そ、それじゃ何?カグツチさんとお母さんは……」

芹は頭が回らない中、どうにか疑問を口にする。

「ああ、美由紀(みゆき)は俺の妹だ」

「嘘……」

衝撃の事実を前に「目が点」の芹。しかし、そう考えれば、全て合点がいった。

二人はネノクニで初対面だったはずなのに、芹には彼がどこかで見覚えがあった理由。あのとき麻衣は「写真を見たのかも」と言っていたが、兄妹(きょうだい)なら一緒に写っている写真があってもおかしくない。

そして、カグツチが芹のグローブをじっと見つめていた訳も――。

しかし、ある矛盾に猛が気付いた。

「あれ? でも、芹のお母さんは、じいちゃんの孫なんじゃ……」

それに対して、六介が説明する。

「つまりじゃな、ヒカ……いや、カ……カグ……」

「ヒカルでいいよ、じいちゃん」

「う、うむ……。ヒカルと美由紀ちゃんの両親は、二人がまだ幼い時分に死んでしもうた。それで、祖父に当たるわしが二人を引き取ったのじゃ。だからヒカルと美由紀ちゃんは、わしにとって孫でもあり、同時に子でもある」

「そういうことだ」

カグツチは肯定した。心の中でこうつぶやきながら。

〈もっとも、じいちゃんの今の説明は、あくまで『表向き』だ。とはいえ、真相を明かすのは、あいつが来てからの方がいいだろう〉

「それはそうと――」

カグツチは話を変えるため、そう言って玄関の方を見やった。「扉を開けたきり、その裏で隠れているのは誰かな?」

あっさりバレていたことを知り、すごすごと扉の陰から姿を現したのは、40代の女性――。

「お母さん!?」

「おば……綾香さんが、どうして!?」

驚く琴乃と猛。ちなみに猛は「おばさん」と言いかけて、綾香にギロッとにらまれたため慌てて言い直した。

そんな二人をほっといて、綾香はカグツチの方に向き直ると、照れ笑いを浮かべると共に、涙ぐんだ声をカグツチにかけた。

「おかえり……ヒカルちゃん」

「ただいま、綾香さん」

13. 綾香、頑張りました

「ただいま……わあっ!?」

いつもの塔馬家メンバーにカグツチ・綾香を加えた8人が、やっと玄関をくぐる。

そして、大人たちに続いて居間に入った猛は、食卓に並んでいる物を見て、思わず声を上げた。

中央には鶏の丸焼き、左右には各種サンドイッチ、そしてミートボールやらポテトサラダやら釜飯やらロールキャベツやらフルーツポンチやら――要するに、まごうことなきパーティー料理だった。

「これ……まさか全部、綾香さんが!?」

あとから入ってきた芹も驚いて、綾香に尋ねた。

「そうよ。みんな、褒めて褒めてーっ♪」

綾香のノリは、いくつになっても変わらないようだった。

「凄い、お母さん……」

「はは……」

娘二人も、感心していいやら、呆れていいやら。

「いやあ。お前たちが登校したあと、綾香さんにヒカルが帰ってくると伝えたら、『だったら、今夜は歓迎パーティーね♪』と言うて、そりゃもう、すっかり張り切ってのう」

六介も、まさかここまでやるとは思ってなかったようで、素直にびっくりした様子だ。

〈そういえば以前、青竜が綾香さんを『古い友達』だって言ってたな〉

猛は、前に白鳥家で青竜と鉢合わせした時の事を思い出した。〈つまり、綾香さんもネノクニに行ったことがあるんだ〉

〈お母さん……やっぱり、そうだったんだ〉

琴乃には心当たりがあった。

それは、絵本作家・白鳥綾香の、代表的シリーズ作品。日本神話の世界にタイムスリップした、一組の兄妹の冒険譚だ。

しかし、そこに描かれた世界は、神話世界のように見えて、実はどこかずれていて、妙にリアリティがあった。それはまさに、琴乃がかつて過ごしたネノクニのようで――。

「綾香さんの料理なんて、一緒にネノクニで戦った、あの時以来だな」

カグツチが感嘆して言う。猛たちも似たような体験をしたばかりだから、何のことか、すぐに理解できた。

「ねえねえ、早く食べよ。ほら、お父さんも、そこの上座に」

「ああ。まったく、サクヤもすっかり、この家に馴染んだようだな」

なぜか場を仕切るサクヤに苦笑しつつ、カグツチはテーブルに着いた。残りもあとに続く。

「えー、それでは、カグツチ……さんの」

「猛君、今更『さん』付けなんてしなくていいよ。かえって照れくさいし」

「は、はい。……それでは、カグツチの20年ぶりの里帰りを祝して――」

「カンパーイ!!」

8人の「乾杯」の声が、居間全体に響き渡った。

14. 綾香さんって、昔は凄かったんですよ

「綾香さん、あの頃も料理は上手だったけど、更に腕を上げたんじゃない?」

「ううっ……あたしもお母さんに教わって、今度こそ!」

「お母さん、こういうのも作れたんだ」

「まあ、家じゃこういうのって作る機会ないしね」

「あっ、この唐揚げ頂き!」

「サクヤ、それは俺が狙ってた奴だ!」

「あーっ! おじいちゃんったら、さっきから釜飯ばっかり」

「わしはこれで充分じゃよ、明日香ちゃん」

8人8様の言葉が飛び交う中、食卓の上の料理はどんどん減っていった。

そんな中、猛がふと、こんな言葉を口にした。

「だけど、綾香さんが悪霊と戦ってる姿なんて、何か想像できないよな」

芹も同意する。

「そうそう。お母さんは強いし、汀さんのお母さんだっけ? その人も大体想像付くけど」

「あっ、ひょっとして、悪霊相手にこんこんとお説教とか? 先生だし」

「はは……それ、ありえるかも」

猛と明日香が馬鹿な事を言ってると、カグツチが昔を想い出しながら、講釈を始めた。

「凄かったぞ、綾香さんは。最初はヘアスプレーとライターで『ちょっとした火炎放射器よ』なんて言ってたけど、いつの間にか本物の火炎放射器で悪霊を焼き払ってるし、そのうち、どっかから手に入れた散弾銃をぶっ放すわ、果てはダイナマイトで悪霊をまとめて――」

「わーっ! それは言っちゃ駄目っ!」

「その上、貴重な勾玉を後先考えずに投げまくるもんだから、終盤は苦労したの何の」

「わーわーわーっ!!」

慌てて止める綾香だが、既に手遅れ。

「お母さん……」

「何ていうか……凄い派手だね」

若き母親がド派手に大立ち回りを演じる姿を想像する娘二人。イメージぶち壊しである。

「まあ、綾香さんも昔はいろいろとあったからな。そうやってストレスを発散しとったんじゃろ」

六介が、そう言ってフォロー?した。

「いろいろって?」

「うーん……あんまり娘の前で言えるような事じゃないから」

「あっ……」

綾香の神妙な一言で察したのだろう。猛もそれ以上は聞かなかった。

「ねえねえ、伯父様?」

突然、芹がカグツチに話を向けた。

「えーと、『伯父様』って……」

カグツチ、笑顔が固まっております。

「お母さんのお兄さんなら、伯父様でしょ。それより、伯父様も昔はパーティー組んで戦ってたんでしょ?」

「そういえば、俺たちも6人パーティーだったな」

夕方、カグツチが「6人パーティー」と言ったのを思い出した猛が、芹に付け加えて言う。

「そういえばそうだな。まあ、偶然だろうけど」

カグツチの答えに、明日香が突っ込む。

「えっ、誰誰?」

「まず俺だろ。そしてアマテラス。それと美由紀、渚、綾香さん、あとは……そうだ、七海(ななみ)ちゃんがいた」

カグツチが指折り数えながら名前を挙げていった。

「『七海ちゃん』って?」

猛が聞く。彼を始め、この場にいる人の多くにとっては初めて聞く名前だ。

「水瀬(みなせ)七海。弓道部員だったから、明日香ちゃんの先輩になるんだけど、聞いたことない?」

逆に聞かれて、明日香は首をひねる。

「うーん……20年前じゃねえ。沢木(さわき)先生なら知ってるけど」

「沢木先生って?」

今度は、カグツチが初めて聞く名前だ。

「弓道部の先輩で、昔、全国大会で優勝した凄い人なんだよ。毎週月曜、わざわざ横浜から出雲学園まで来て、稽古付けてくれるんだ」

「ああ、それで『先生』か」

「『沢木』か……」

カグツチたちの話を聞き、六介がそうつぶやいた。

「どうした、じいちゃん?」

ひょっとして何か知ってるのかと思い、猛が聞いた。

「いや。わしが昔、横浜でとある仕事をしておった時の部下に、沢木宗一郎(そういちろう)って男がいたのを想い出しての」

「……それだけかよ」

猛はガックリする。

しかし、実はこの時、六介は重要な事実をあえて伏せていた。

〈ふふっ……そのうちびっくりするぞ、お前ら〉

15. 宴のあと

「あら、いいんですよ、六介さんは」

「綾香さん、わしにも、せめてこれぐらいは手伝わせてくれ」

台所で皿洗いをしている綾香の横に立ち、六介は手にした布巾で皿を拭く。

「はい、綾香さん。これで全部」

そう言ってカグツチは、食卓にあった残りの食器を積み重ねて、綾香さんに渡した。

「ごめんね、ヒカルちゃんにまで、こんなことさせて」

綾香が済まなそうに言うと、カグツチは真顔で答えた。

「ここは俺が育った場所、俺の家なんだ。その俺が、この家の手伝いをするのは当然だろ?」

琴乃と明日香は、綾香が先に家に帰した。

猛・サクヤ・芹は、2階に上がっている。

本当は皆、後片付けに参加するつもりだったが、

「気持ちはありがたいが、わしらだけで積もる話もあるからのう」
という六介の言葉に納得して、この場を離れていった。

つまり、今1階にいるのは、六介・綾香・そしてカグツチの3人である。

「ところでヒカルちゃん、何で『カグツチ』に改名したの?」

片付けが終わり、居間で茶を飲んでいる中、ふと綾香が尋ねた。

「ああ。あれからすぐ、アマテラスに、『これからネノクニで神となるのですから、それにふさわしい名前にしなくてはなりません』と言われてね。それで、俺は火属性だから、里に古くから伝わる火の神の名前をもらったんだ」

「そう……」

そう言って、綾香は口をつむぐ。

「……どうしたの、綾香さん」

いぶかるカグツチに、綾香は話していいか迷ったが、思い切って口を開いた。

「日本神話では、カグツチはイザナミが産んだ火の神なんだけど、そのせいでイザナミは焼け死んでしまい、カグツチは怒ったイザナギにその場で殺されてしまうのよ」

綾香は絵本で日本神話を取り上げる際に随分と調べたので、日本神話にはそれなりに詳しい。そのため、かつて琴乃から「カグツチ」の名を聞かされた時、綾香は複雑な気分になったようだ。

「一緒だな、俺と」

「えっ?」

「俺だって『イザナミ』という母さんから産まれ、『ヨモツオオカミ』という母さんを殺した。同じだろ?」

〈もっとも神話通りなら、ヒカルはわしに殺されることになるんじゃがな〉

同席する六介が内心でつぶやくが、さすがにこれは口に出せない。

「母さんは、自分自身の死も覚悟の上で、自分の半身であるヨモツオオカミを滅ぼす救世主として、俺を産んだんだ。そして、俺はその務めを果たした。

確かに複雑な想いはあるけど、俺は自分がやった事に後悔はしていないし、そもそも後悔なんて出来ない。それこそ、母さんを裏切ることになる。

だから俺は『カグツチ』として、これからも生きていくつもりだ」

「……すっかり大人なんだね、ヒカルちゃん」

綾香は、あの頃の「ヒカル」が遠くへ行ってしまったような感傷を抱いて、カグツチを見つめる。

「俺だけじゃないさ。綾香さんも、美由紀も……みんな、もう子供じゃないんだ」


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