『朝~、朝だよ~。朝ご飯食べて学校行くよ~』
カチッ。
すっかりお馴染みの、目覚し時計から発せられる名雪の声で、今日も目が覚めた。
俺は寝ぼけまなこの まま、真っ先に時計の文字盤の日付欄を確認する。
9月2日。
時計は、そう告げていた。
長かった。
本当に長かった9月1日が、やっと終わったことを実感する。
今、ようやく始まった、新たな1日。
今の状態に慣れたわけではないが、それでも現状を把握している分、“昨日”よりは落ち着いていられるだろう。
「すー……」
……俺の布団の中で、こいつが寝てさえいなければ(汗)。
「何でお前がこんなとこにいるんだ――真琴!」
ポカッ。
*
「あぅーっ……何なのよぉ、いきなりっ!」
俺が思いっ切り はたいた頭を両手で押さえながら、俺に文句を付ける真琴。
「やかましい! 大体、何でお前がここにいるんだ」
すると、真琴を顔を赤らめながら、
「何でも何も、昨日はあんなに激しく……。で、そのまま一緒に寝ちゃったんじゃない」
そういえば、「真琴の世界」での昨晩は、久々に真琴とハッスルしたなあ……じゃなくて!
「お前言ったろ。今の俺は五つの世界を順繰りに回っているんだって」
「そうよ」
「だったら、“昨日”は確か名雪→あゆ→真琴→栞→舞の順に回って行ったんだから、順序からすれば、今日はまた元に帰って『名雪の世界』じゃないのか」
「へっ? 祐一、何言って――」
そう言いかけて、やっと俺の言わんとしている事が理解できたらしく、真琴はニヤリと笑いながら、こう続けた。
「……ははーん。祐一、何か勘違いしてるでしょ?」
「何がだよ」
「それじゃ聞くけど、今の祐一は誰が好きなの?」
「そりゃもちろん真琴――って、あれっ?」
つい条件反射で言ってしまったが――よく考えてみれば、確かに、今のこの俺は「真琴の彼氏」……だよなあ。
五つの世界を順繰りに回っているうちに、その時々の「俺」の記憶をそっくり取り込んでしまったため、今の俺は5人分の「俺」の記憶が合体して、ごちゃ混ぜ状態になっている。
とはいえ、「俺は誰が好きか」といったような精神・感情に属する部分は、それぞれの世界の「俺」にしっかりと保たれているはずで、現にそうなっている。
ということは、今日は――というか、ここはひょっとして「真琴の世界」?
「やっと分かった?」
「それじゃ、これってローテーションというわけじゃ……?」
「あのねえ……そんなに都合良く規則通りになるわけないじゃない。
“祐一”という1点で五つの世界がくっ付いちゃったわけだから、確かに祐一は1日単位で五つの世界をぐるぐる回ることになるんだけど、その回る順番は別に決まっているわけじゃないの。昨日は真琴が3番目だったみたいだけど、今日はどうやら1番目に来ちゃったみたいね。でも明日はまた最初かも知れないし、逆に最後かも知れない。その日になってみないと、祐一にも真琴にも分からないのよ」
「ということは、つまり、順番は毎日不規則、ランダムってことか?」
「そういうことね」
何とまあ……。
「でも、祐一にとっては、その方がいいんじゃない? 1日が終わるたんびに、『さーて、明日は誰が彼女かなーっ』なんて考える楽しみが出来て」
「どうだか――」
と、俺が呟いた時だった。
ジリリリリリーン!! リリリリリーン!! ビイイイイー!!
隣の名雪の部屋から聞こえる、耳をつんざくような大音響。
「くそーっ、これだけは どの世界でも一緒か!」
俺は文句を垂れつつ、一目散に名雪の部屋へと向かった。
――いや。「名雪の世界」だけは別か。何といっても「あの」目覚ましがあるから。
*
結局、この日は朝の1件を除けば、大した事もなく終わった。
真琴は、今度の日曜に天野と遊園地に行く約束をしたそうで喜んでいたが、俺と直接関係があるわけではないので、詳しくは触れない。
*
翌日――栞の世界の9月2日。
「栞」
「何ですか、祐一さん?」
「何でって、昼飯食べた後、更に中庭へ移ってアイスを食うか?」
「昔から言うじゃないですか、『好きな物は別腹』って」
「それって違うと思うぞ」
「そんなこと言う人、嫌いです」
*
翌日――舞の世界の9月2日。
「祐一……寂しい」
電話の向こうで、舞が呟いた。
「佐祐理さん、今日は何時に帰るんだ?」
「……7時」
「あと1時間じゃないか。それぐらい待てるだろ」
「でも……それまでは一人」
「分かった。それじゃ、佐祐理さんが帰って来るまで、このまま俺と電話していよう」
「ありがとう……祐一」
*
翌日――名雪の世界の9月2日。
「お母さん、体、大丈夫だった?」
名雪と秋子さん、そして俺が夕食のために食卓を囲んでいた時、突然、名雪が話を切り出した。
「ええ。先生もびっくりしてたわ。後遺症のかけらもなく、もう通院しなくてもいいって」
あの自動車事故から奇跡の生還を遂げた秋子さん。退院後も、体に異状がないか診てもらうため、定期的に病院に通院していたが、どうやらそれも、今日で最後になったようだ。
「良かったですね、秋子さん」
「ありがとう、祐一さん。本当に、あの時は祐一さんにも名雪にも心配をかけてしまって」
「そんなことないよ、お母さん」
そう言って笑みを浮かべた名雪だが、ほんの少し歯車が狂っていれば、この笑顔が永遠に名雪から失われていたと思うと、俺はこの穏やかな日常の中にいることに、感謝せずにはおれなかった。
*
翌日――あゆの世界の9月2日。
学校を終え、俺は今日も あゆが入院している病院へ走る。
その道すがら、俺は何気なしに“昨日”の事を思い出した。
〈そういえば、秋子さんも事故の時、ここに入院してたんだよなあ〉
その時、俺は何か心に引っかかるものを感じたが、あゆがうぐぅうぐぅ言いながら俺を待っているのを思い出して、再び病院への道を急いだ。
これまで意図的に伏せていましたが、「ヒロインの順番は毎日ランダム」というのは、当初から考えていた設定です。この方がストーリーの自由度も上がりますしね(笑)。
次回は、あゆの世界の9月2日の続き。病院を舞台に、ちょっとした事件が起きます。