Kanon五重奏
―第8話―

Verkita de MooLing


『朝~、朝だよ~。朝ご飯食べて学校行くよ~』

カチッ。

すっかりお馴染みの、目覚し時計から発せられる名雪の声で、今日も目が覚めた。

俺は寝ぼけまなこの まま、真っ先に時計の文字盤の日付欄を確認する。

9月2日。

時計は、そう告げていた。

長かった。

本当に長かった9月1日が、やっと終わったことを実感する。

今、ようやく始まった、新たな1日。

今の状態に慣れたわけではないが、それでも現状を把握している分、“昨日”よりは落ち着いていられるだろう。

「すー……」

……俺の布団の中で、こいつが寝てさえいなければ(汗)。

「何でお前がこんなとこにいるんだ――真琴!」

ポカッ。

「あぅーっ……何なのよぉ、いきなりっ!」

俺が思いっ切り はたいた頭を両手で押さえながら、俺に文句を付ける真琴。

「やかましい! 大体、何でお前がここにいるんだ」

すると、真琴を顔を赤らめながら、
「何でも何も、昨日はあんなに激しく……。で、そのまま一緒に寝ちゃったんじゃない」

そういえば、「真琴の世界」での昨晩は、久々に真琴とハッスルしたなあ……じゃなくて!

「お前言ったろ。今の俺は五つの世界を順繰りに回っているんだって」

「そうよ」

「だったら、“昨日”は確か名雪→あゆ→真琴→栞→舞の順に回って行ったんだから、順序からすれば、今日はまた元に帰って『名雪の世界』じゃないのか」

「へっ? 祐一、何言って――」

そう言いかけて、やっと俺の言わんとしている事が理解できたらしく、真琴はニヤリと笑いながら、こう続けた。

「……ははーん。祐一、何か勘違いしてるでしょ?」

「何がだよ」

「それじゃ聞くけど、今の祐一は誰が好きなの?」

「そりゃもちろん真琴――って、あれっ?」

つい条件反射で言ってしまったが――よく考えてみれば、確かに、今のこの俺は「真琴の彼氏」……だよなあ。

五つの世界を順繰りに回っているうちに、その時々の「俺」の記憶をそっくり取り込んでしまったため、今の俺は5人分の「俺」の記憶が合体して、ごちゃ混ぜ状態になっている。

とはいえ、「俺は誰が好きか」といったような精神・感情に属する部分は、それぞれの世界の「俺」にしっかりと保たれているはずで、現にそうなっている。

ということは、今日は――というか、ここはひょっとして「真琴の世界」?

「やっと分かった?」

「それじゃ、これってローテーションというわけじゃ……?」

「あのねえ……そんなに都合良く規則通りになるわけないじゃない。

“祐一”という1点で五つの世界がくっ付いちゃったわけだから、確かに祐一は1日単位で五つの世界をぐるぐる回ることになるんだけど、その回る順番は別に決まっているわけじゃないの。昨日は真琴が3番目だったみたいだけど、今日はどうやら1番目に来ちゃったみたいね。でも明日はまた最初かも知れないし、逆に最後かも知れない。その日になってみないと、祐一にも真琴にも分からないのよ」

「ということは、つまり、順番は毎日不規則、ランダムってことか?」

「そういうことね」

何とまあ……。

「でも、祐一にとっては、その方がいいんじゃない? 1日が終わるたんびに、『さーて、明日は誰が彼女かなーっ』なんて考える楽しみが出来て」

「どうだか――」
と、俺が呟いた時だった。

ジリリリリリーン!! リリリリリーン!! ビイイイイー!!

隣の名雪の部屋から聞こえる、耳をつんざくような大音響。

「くそーっ、これだけは どの世界でも一緒か!」

俺は文句を垂れつつ、一目散に名雪の部屋へと向かった。

――いや。「名雪の世界」だけは別か。何といっても「あの」目覚ましがあるから。

結局、この日は朝の1件を除けば、大した事もなく終わった。

真琴は、今度の日曜に天野と遊園地に行く約束をしたそうで喜んでいたが、俺と直接関係があるわけではないので、詳しくは触れない。

翌日――栞の世界の9月2日。

「栞」

「何ですか、祐一さん?」

「何でって、昼飯食べた後、更に中庭へ移ってアイスを食うか?」

「昔から言うじゃないですか、『好きな物は別腹』って」

「それって違うと思うぞ」

「そんなこと言う人、嫌いです」

翌日――舞の世界の9月2日。

「祐一……寂しい」

電話の向こうで、舞が呟いた。

「佐祐理さん、今日は何時に帰るんだ?」

「……7時」

「あと1時間じゃないか。それぐらい待てるだろ」

「でも……それまでは一人」

「分かった。それじゃ、佐祐理さんが帰って来るまで、このまま俺と電話していよう」

「ありがとう……祐一」

翌日――名雪の世界の9月2日。

「お母さん、体、大丈夫だった?」

名雪と秋子さん、そして俺が夕食のために食卓を囲んでいた時、突然、名雪が話を切り出した。

「ええ。先生もびっくりしてたわ。後遺症のかけらもなく、もう通院しなくてもいいって」

あの自動車事故から奇跡の生還を遂げた秋子さん。退院後も、体に異状がないか診てもらうため、定期的に病院に通院していたが、どうやらそれも、今日で最後になったようだ。

「良かったですね、秋子さん」

「ありがとう、祐一さん。本当に、あの時は祐一さんにも名雪にも心配をかけてしまって」

「そんなことないよ、お母さん」

そう言って笑みを浮かべた名雪だが、ほんの少し歯車が狂っていれば、この笑顔が永遠に名雪から失われていたと思うと、俺はこの穏やかな日常の中にいることに、感謝せずにはおれなかった。

翌日――あゆの世界の9月2日。

学校を終え、俺は今日も あゆが入院している病院へ走る。

その道すがら、俺は何気なしに“昨日”の事を思い出した。

〈そういえば、秋子さんも事故の時、ここに入院してたんだよなあ〉

その時、俺は何か心に引っかかるものを感じたが、あゆがうぐぅうぐぅ言いながら俺を待っているのを思い出して、再び病院への道を急いだ。


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あとがき

これまで意図的に伏せていましたが、「ヒロインの順番は毎日ランダム」というのは、当初から考えていた設定です。この方がストーリーの自由度も上がりますしね(笑)。

次回は、あゆの世界の9月2日の続き。病院を舞台に、ちょっとした事件が起きます。


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