Kanon五重奏
―第7話―

Verkita de MooLing


「それじゃ佐祐理さん、また土曜に」

「はい、舞も佐祐理も楽しみにしてます、祐一さん」

――カチャリ。

晩飯前、俺は舞と佐祐理さんの家に電話をし(案の定、佐祐理さんが出た)、改めて土曜日に一緒に動物園に行く約束をして、受話器を置いた。

「祐一、またデート?」

晩飯の準備をしていた名雪が、俺に聞く。

「ああ。週末に いつもの動物園」

「そっか……」

名雪はうつむき加減で、そう呟いた。

俺が舞と深い仲であることは、当然名雪も知っている。また、いつもなら舞絡みの話が出ると、名雪はそれが当然であるかのように、笑顔で俺を応援してくれるのが常だ。

だから、名雪のこういう態度は、実はかなり珍しい。

「……どうした、名雪?」

「えっ?……ううん、何でもない」

「ひょっとして、名雪も一緒に動物園に行きたいとか?」

あっ、でもいつもの動物園には、珍しい品種の猫とかもいるから、そんなとこに名雪を連れて行ったら、ちょっとやばいかも……。

「うーん……でも、川澄先輩に悪いし」

「あ……」

俺は、動物園に俺・舞・佐祐理さんの3人がいるところへ、名雪が混じった場面を想像してみた。

どう考えても、名雪が俺と一緒にいるのを見て、舞が不機嫌になるのは避けられそうにない。

「……それもそうか」

「でしょ?」

名雪はそう言って、やっといつもの笑顔を見せた。

舞と付き合ってみて分かった事だが、舞は意外と嫉妬(しっと)深いところがある。

いや、意外、というのは正しくないかも知れない。

自分自身まだ幼稚園児、あるいは小学生だった頃を想い返してみよう。子供というものは、自分が好きなものに対しては何であれ、絶対に自分が独占しようとするものである。分別の付いた大人とは違うのだ。

そして、舞は心が幼い頃のまま、未だ充分に成長していない。

そのことを考えれば、むしろ嫉妬深くて当然ともいえるからだ。

『佐祐理なら構わない』とは舞の口癖だが、それは裏を返せば、『佐祐理以外とは、絶対に許さない』ということでもある。

いくら俺と名雪が いとこだといっても、それで舞が納得するはずもない。

いとこ同士の結婚は法律上 問題ないし、現にそういうカップルは珍しい存在ではない。兄と妹、姉と弟が恋に落ちることだって、ないとは言い切れないだろう(もっとも、この場合 結婚は無理だが)。

現に、別の世界では、俺と名雪はいとこであると同時に、恋人でもあるのだから……。

結局、土曜のデートを巡る俺と名雪の会話は、それっきりになった。

いつもとは違う名雪の態度にわずかに違和感を覚えたものの、秋子さんが作った晩飯を腹に収め、自分の部屋に戻った頃には、まあどうでもいいか、と余り深く考えないことにした。

…………。

赤い雲、赤い空、そして……赤い世界。

一面をオレンジに染めた商店街。

その真ん中に立つ俺。

そして俺の前には、ダッフルコートを着て、羽付きリュックを背負った少女。

「祐一君、あのね……捜し物、見付かったんだよ」

「良かったじゃないか」

「……うん。大切な……本当に大切な物……」

「見付かって良かったな、あゆ」

「……あのね……捜していた物が見付かったから……ボク、もうこの辺りには来ないと思うんだ……。だから……祐一君とも、もうあんまり会えなくなるね……」

「……そう、なのか?」

「ボクは、この街にいる理由がなくなっちゃったから……」

「だったら、今度は俺の方から あゆの街に遊びに行ってやる」

「……祐一君」

「あゆの足で来れるんだから、そんなに遠くないんだろ?」

「…………」

「また、嫌っていうくらい会えるさ」

「……そう……だね」

オレンジに染まる羽が、力なく揺れる。

「……ボク……そろそろ行くね……」

そして……。

「……ばいばい、祐一君」

「――あゆ!」

ガバッと起き上がる俺。

俺は、真っ暗な自分の部屋で、ベッドの上にいた。

「夢……か……」

確かに夢だ。それは間違いない。

しかし……。

「何で……何で今頃になって、あんな夢を……」

それは、半年前の商店街での記憶。

『捜し物、見付かったんだよ』

そう言って、あゆは俺に別れを告げた。

そして、その日を境に、あゆは俺の前から完全に姿を消した。

そればかりか、あゆに関する記憶の全てが、俺の中から完全に消え去っていた。

少なくとも、昨日までは……。

今の俺であれば、7年前の、そして半年前のあゆとの想い出を詳しく語ることが出来る。

しかし、それは違う俺、別の世界の俺が持っていた記憶を、この俺が引き継いだからに過ぎない。

だから、その想い出が、今ここにいる俺にも本当に当てはまるのかどうかは、俺自身にも分からない。

想えば半年前、俺がこの街に帰って来て間もない頃にも、これと似たような事があった。

俺が忘れていた、過去の記憶。

あの時は、7年前、俺が あゆと商店街で初めて出会った時の風景だったか。

ピンク色のセーターを着た、涙を流す女の子。

そして、一緒に食べた たい焼きの味。

それが、俺とあゆとの、初めての出会いだった。

ある世界――俺とあゆが結ばれた世界では、あゆは7年間の眠りから覚め、今、懸命にリハビリを続けている。

しかし、他の世界では、あの日以降、俺とあゆは出会うことすらなくなった。

そのことが意味するもの。

俺と結ばれることのなかった世界における、あゆの その後の運命。

…………。

本来ならば くっ付くはずのない、五つの世界。

本来ならば集合することのない、五つの記憶。

それが偶然の積み重ねの中で発生した“事故”なのか、それとも、何者かが何らかの意図をもって引き起こした事なのかは分からない。

しかし、ここにいる俺が現実に「五つの記憶」を背負ってしまった以上、俺は“結ばれなかった”あゆがその後どうなったのか、確かめずには おれなくなった。

それは、一人の人間に過ぎない俺にとっては、触れることすら許されない領域なのかも知れないが――。


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あとがき

いつもより短いですけど、ちょうど この時点で日付が変わるので、ここで話を切ります。

いよいよ本筋突入ですし、もう少し執筆ペースを上げたいと思いますが……。


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