Kanon五重奏
―第6話―

Verkita de MooLing


9月1日。

幾度となく迎え、遂に5回目に突入した、9月1日。

そして、真琴の言葉を信じるなら、これが最後に俺が迎えるはずの、9月1日――。

「……祐一さん、朝ですよ。起きてください」

すっかりお馴染みの、目覚し時計から発せられる名雪の声で、目が覚める。

「んんっ……」

目をつぶったまま、俺は枕元の目覚し時計に手を伸ばし……て……。

「あ……あれ……?」

懸命に枕の周りを手で探ってみるも、お目当ての時計には一向に手が届かない。

そういえば、さっきの声も、名雪の声とは違ったような気がする。

聞き慣れた声ではあるのだが……?

「あははーっ、祐一さん、どうしたんですか? 朝ですよ」

どんな場でも和ませてしまうような、この特徴ある口調は……佐祐理さん!

「きゃっ!」

俺が思わずガバッと起き上がったせいだろう。目の前にいた彼女は目をしばたたせ、口をポカンと開けていた。

「……えーと」

俺が身を預けているベッドのそばには、エプロン姿の佐祐理さんが立っていた。

念のため言っておくが、佐祐理は普段着の上にエプロンを羽織っており、決して裸エプロンではない(笑)。

そして、ふと反対側を見やると――。

「すー……」

俺の横には、パジャマ姿の舞が今なお寝息を立てている。

くどいようだが、こちらも決して全裸ではない(笑)。

もちろん俺も、ごく普通のパジャマ姿である。

そしてここは、いつもの俺の部屋じゃなくて……。

「そっか……そうだったな」

ここまで来て、ようやく俺は“昨日”の事を思い出した。

“昨日”といっても、俺の視点からは5日前の事になってしまうため、すっかり忘れていた。

昨日の夏休み最終日。

日本国中のほとんどの学生における全般的傾向に逆らうことなく、俺はその日になっても、大量の宿題の残りを抱えてしまっていた。

故に俺は、恋人である舞と――つーか、このシチュエーションで、ここが「俺の恋人が舞である世界」でなかったら、その方が一大事だ――、舞の親友であり同居人である佐祐理さんの応援を得んがために、現在二人が住むこのマンションの1室に、泊りがけでやって来たと、まあ、そういうわけである。

正直な話、俺一人だけだったら絶望的な残量だったが、去年、成績学年トップを独走していた佐祐理さんと、本人曰く「佐祐理ほどは良くはない」、実は学年トップ10の常連だった舞のアシストを得て、夜7時過ぎに、どうにかミッションクリアと相成った。

後はまあ、お約束である。別室で佐祐理さんがすやすや眠っている頃、舞の部屋で俺は舞と愛を確かめ合い(詳細は聞かないでくれ(笑))……そして、朝を迎えたわけだ。

夜の校舎での日々が終わった日。

自らの腹に剣を突き立て、俺の目の前で事切れたはずだった舞は、「まい」が舞の中に戻ったことで、奇跡的に息を吹き返した。

かつて母親を死から救い出し、そして今、舞自身を救った、舞の不思議な力。それが、「まい」、そして魔物たちの正体だったのだ。

翌日、俺は舞を連れて佐祐理さんの入院先の病院へ向かった。

夜の校舎で魔物に襲われ、以後、ずっと入院している佐祐理さん。

頚椎損傷とはいえ比較的軽度であり、きちんと療養していれば やがて完治し、傷も残らない。――そう医者から説明されてはいたが、それでは3月の卒業式には間に合わない。

そう思い、俺は舞に、自分の元に戻った力を、佐祐理さんに使わせることを思い立ったのだ。

過去のこともあり、当然、舞は渋ったが、結局、舞は俺の提案に従う決心をする。

そうしなければ、本当の意味で舞が「まい」と和解した――即ち、舞が自分の不思議な力を受け入れたことにならないからだ。

それからというもの、事態は俺の想像を遥かに超えて好転していった。

既に生徒会の実権を握り、次期生徒会長の最有力と目されていた久瀬は、舞を巡る対応のまずさ――というより、自らの権力基盤の強化のために舞と佐祐理さんを利用しようとした謀略が暴露されたこと、というべきか――が尾を引き、結局2月中旬に行われた役員選挙で、学園全体の融和を公約に掲げた対立候補に惨敗し、失脚した。

そして生徒会の新執行部は、生徒の賞罰に関する事項など、親の威光を笠に理事会や教職員の管轄領域にまで不当に介入してきた、これまでの生徒会の在り方を根本的に改めることを表明したのだ。

この学園も捨てたものじゃない。久瀬らのやり方に反発し、なおかつ、それを改善すべく行動していたグループも、久瀬らの権力の前に埋もれて目立たなかっただけで、ちゃんと存在していたのだ。

生徒会が異常に権力を持ちすぎていた、この学園内の歪んだ風土も、これで徐々に改められていくことだろう。

俺と舞と佐祐理さんが3人で一緒に暮らすという、今想えば突拍子もないアイデアも、あっさり実現してしまった。

夫を早くに亡くし、その上、今なお入退院を繰り返しており、定職に就くことすら ままならない舞の母親にとっては、俺達の申し出は願ったり叶ったりで、これはまあ予想通りだったといえる。

むしろ、意外だったのは倉田家の方だ。

後で知った事だが、弟・一弥があんなことになって以来、佐祐理さんの両親は、子供は決して親の自由にはならないし、まして子は親の所有物ではない。だから、佐祐理さんが自分で決めた事に対しては、自分達は一切干渉しないと心に決めていたそうだ。

事実、父親は佐祐理さんの決心が確かなものであることを確認すると、父親の方から俺と舞に「娘をよろしく頼む」と頭を下げてきたのだった。

とはいえ、まだ高校生の俺が舞と佐祐理さんと いきなり同居するのは、さすがに気が引けたので、現在は、舞と佐祐理さんの二人が取りあえずマンションの1室で共同生活し、そこへ俺が週に1、2度通うという形になっている。もちろん、俺が高校を卒業し次第、二人に合流することは既に決定済みである。

あと、これも俺は後で知った事だが――舞と佐祐理さんは、2学期のうちに同じ大学の推薦入試を受けていて、既に合格を決めていた。まあ、だからこそ、あの時期に魔物退治に専念できたんだろうが。

その他、「教職員は実は舞の味方で、舞のために夜、校舎をわざと開放していた」とか、「舞が持っていた日本刀や洋剣は、刀剣コレクターだった亡き祖父のもの」とか、「現在の佐祐理さんの左手首の傷は、自ら切った傷跡が癒えた後、夜の校舎で魔物に襲われて付けたもの」とか、言いたい事は たくさんあるのだが、今回の話には直接関わりがないので、今は詳しい言及を避ける。

そうそう。これだけは触れておかなければならない。

断っておくが、俺は佐祐理さんには一切手を出していない。

舞は「佐祐理なら構わない」と言うし、佐祐理さんも「男の人と一緒に生活する以上、覚悟は出来ています」と言うのだが、だからといって佐祐理さんを抱くことは、「舞を愛している」俺自身に対する裏切りに他ならないからだ。

「――祐一さん、まだ寝惚けてるんですか?」

おっと、過去の想い出に浸っている場合ではなかった。

このマンションは、舞と佐祐理さんが通っている大学へは徒歩で15分ほどだが、俺が通う高校へは、電車を使っても1時間はかかる。

つまり、いつもの水瀬家から通学する場合と比べて、40分は早く出る必要があるのだ。

「い、いや……。ほ、ほら、舞も起きろ。朝だぞ」

佐祐理さんへの答えもそこそこに、俺は体を返して、舞の体を揺すった。

今日の朝食担当である佐祐理さんはともかく、本当なら舞がこんなに早く起きる必要はないのだが、だからといって寝かせたままにしておいたら、起き出した時に『……ほっとかれた』などと泣き出すのは目に見えているので、俺は懸命に舞を起こす。

その時だった――。

「……ううん……祐一……もう駄目」

舞の突然の“爆弾発言”(もちろん寝言だ)に、俺は硬直した。

た、確かに……昨晩はちょっと激しかった(笑)ような気もするが、まさか舞の夢の中で延長戦を展開しているとは……。

そーっと振り向くと、佐祐理さんも突っ立ったまま、固まっていた。

「あはは……祐一さん、あんまり舞をいじめちゃ駄目ですよ」

そう言う佐祐理さんの笑顔には、しっかりと冷や汗が流れていそうだった。

「……祐一……お願い……」

……はっ。

ぼーっとしてる場合ではなかった。このまま放っておいたら、今度は舞がどんな恥ずかしい事を言い出すか。

――と思いきや。

「……祐一……納豆はもういいから、早く牛丼を……」

ずっこけた俺は、思わず舞の体にダイビングしてしまった。

「……祐一、重い」

思いっ切り のしかかったせいか、さすがに舞も目が覚めたようだ。

そう。舞はこういう奴だった。

体は大人でも、中身は10年前の幼女の頃から、ほとんど成長していない。

もちろん、舞だって性に関する知識は人並みにあるし、“愛し合うこと”の意義も分かっている。だから、俺が求めれば滅多に拒むことはない代わりに、自分から俺を求めることは まずない(あの“はじめて”の時だって、求めるものが本来とは違っていたしな)。本質的な部分で、舞はまだ子供だからだ。

「……祐一、今度はいつ来てくれる?」

食卓を囲む3人。そのうち、俺の隣でご飯に納豆をかき混ぜている舞が、突然こんな言葉を発した。

「えーと、次の土曜日になるから……4日だな」

壁掛けのカレンダーを見ながら、俺が答えた。

「……寂しい」

舞のポツンと漏らす一言が、ダイニングルームに響く。

舞の気持ちも分かる。

しかし、毎日のように会っていた夏休み中と違い、授業が再開されれば、離れた所に住む舞には、以前のように、週末ぐらいにしか会えなくなる。

「あははーっ、舞には、いつも佐祐理がいるじゃないですか」

「……でも、やっぱり祐一がいないと、寂しい」

「はぇー……」

佐祐理さんのことだから大丈夫だとは思うが、念のため、俺はここでフォローを入れる。

「じゃあ、ここに俺と舞がいて、佐祐理さんがいなかったら?」

「……やっぱり、寂しい」

「でも、一人じゃないだろ?」

俺がこう聞いた時、舞の口から聞きたかった言葉が出た。

「……二人より、3人の方がいい」

そう。俺と佐祐理さんとどっちが、という問題ではない。

俺と舞と佐祐理さん――舞にとっては この3人で一つであり、このうち一人でも欠けることは許されないのだ。

「そっか……。じゃあ舞、その代わりと言っちゃ何だが、土曜日はどこでも好きな所へ連れてってやるからな。動物園でも遊園地でも」

「……佐祐理も?」

「もちろん。いいですよね、佐祐理さん?」

「はい。佐祐理も、舞や祐一さんと一緒にいたいですから」

「……うん」

舞の表情に、ほんの少し、笑顔が戻ったような気がした。

「二人より3人、か……」

学校へと向かう電車の中で、俺は先ほどの事を振り返った。

しかし、俺と舞はともかくとして、佐祐理さんは いつまでも俺達と一緒にいられるわけではない。

佐祐理さんも いずれは自分の伴侶を得て、独立した家庭を築くことになる。

もちろん、それ以降も「家族ぐるみの付き合い」は続くだろうが、少なくとも「同じ屋根の下」というわけには いかなくなる。

それとも、その頃には俺と舞との間にも子供が生まれて、状況は変わるのだろうか?

……いや、あの舞のことだ。そうなったら そうなったで、
『……3人より、4人の方がいい』
なんて言い出しかねないな。

「まあ、そんな先の事で今から心配してもしょうがないか」

俺は一人呟き、今俺の目の前にある、2学期のことに想いを移した――。


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あとがき

やっと、舞・佐祐理さんを出すことが出来ました。

ここまで こぎ着けるのに1年……。MooLingは、やっぱり超遅筆です。

とにかく、これで「五つの世界」を一巡しましたし、次回からは いよいよ物語の核心へと入って行きます。

……えっ、佐祐理HappyEndはって?

私は、ゲーム本編での佐祐理Endは、あくまでも舞ストーリーの中の挿話と見なしており、あのEndingののち、祐一はまた夜の校舎での戦いの日々に戻ると解釈しています。最後の昼食シーンは、全てが終わり、佐祐理さんも退院して学校に復帰した後の、ある日のワンシーンでしょう。

祐一と佐祐理さんが出会うような展開では、祐一は舞と くっ付いてしまいます。祐一が香里や天野と くっ付かない(第5話参照)のと同じで、あの祐一が舞を捨てて佐祐理さんに走るとは思えません。


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