「――ここはどこだ、我が宿敵(ライバル)?」

加藤 常盤(かとう ときわ)の質問に対し、常盤の目の前に立つ井上 青児(いのうえ せいじ)は答えた。

「風紀委員会の取調室だ」

その青児の背後には、常盤もよく知る、青児の妻たちがズラリと顔を並べている。

「それで、俺が座らされている、この椅子は何だ?」

「電気椅子だな」

「では聞こう、青児。どうして俺は、電気椅子に座らされているのだ?」

もちろん、手足は拘束され、電気椅子に固定されている。逃げることは出来ない。「今朝、お前に呼びかけられて振り向いたところを、いきなり何者かに後頭部を鈍器で殴られたところまでは、覚えているのだが」

「この写真を見れば、常盤も納得すると思うが」

そう言って青児は、1枚の写真を常盤の目の前に差し出した。

「ば、馬鹿なっ!? それは、お前らの痴態を俺が隠し撮りしているところ――あ」

「お約束な展開、ありがとう。

罪を認めたな。菫(すみれ)ちゃん、死刑執行」

「了解!」

青児に従い、風紀委員長・高円寺 菫(こうえんじ すみれ)が電気椅子の電源レバーに手をかけた。

「ま、待て! せめて釈明させてくれ」

「いいだろう。聞こうじゃないか」

「青児よ、お前なら分かるだろう。隠し撮り――これぞ、性欲と知識欲、更に金銭欲までも同時に満たす、漢(おとこ)のロマン!」

そんな常盤の力説も、青児には全く効果がなかった。紅葉(もみじ)のせいで騒動に散々巻き込まれた挙げ句、ハーレム男にまでされてしまったが、青児という男、本質的には真面目人間である。

「……短い付き合いだったな、常盤。やっぱり死刑だ」

「わーーーーーっ!!!」

この時の常盤の絶叫は、駅前で“獲物”を探し回っていた、メルティの耳にも届いたという。

「まあ、それは冗談だが」

「……ぜーぜー」

「取引しようじゃないか、常盤。お前がこの取引に応じれば、それで良し。しかし、もし応じなければ」

「応じなければ?」

「さっきの冗談が、冗談でなくなる」

「……話を聞こう、我が宿敵(ライバル)

さすがの常盤も、命は惜しいようだ。

「話は長くなるが、最後まで聞いてくれ。つまりだな――」


Suplemento de «Working Days», n-ro 5

井上家に子供が出来ない訳

Verkita de MooLing


話は1週間前に遡る。

ここは、桜庭(さくらば)学園の科学部が使用している、数ある実験室のうちの一つ。

「んー……」

その部屋の片隅で、「黙っていれば美少女」な女子学生、津島 紅葉(つしま もみじ)は、先ほどから顕微鏡の接眼レンズに目を当てたまま、ひとりうなってばかりしていた。

「何やってるんだ、紅葉」

それを見かねた科学部長・広瀬 若葉(ひろせ わかば)が、紅葉の背後に近寄り、声をかけた。

「ああ、若葉」

返事する紅葉。しかし、振り返ることはなく、顕微鏡にセットした試料から目を離さない。「んー……何度見ても調べても、異状が見当たらないんだよね」

「で、一体さっきから、何見てるんだ?」

すると、紅葉は言った。実にあっけらかんと。

「せーちゃんのせーえき」

バシイイイイーン!!

「うー……いきなり後頭部にハリセンチョップなんて、ひど~い!」

半泣きの紅葉が、その後頭部を両手で押さえて、若葉を非難するが、若葉は右手にハリセンを持ったまま(というか、どこから出してきた?)、更に紅葉を怒鳴り付けた。

「やかましいわ! 何を真剣に見てると思ったら、このドヘンタイがっ!」

もっとも、この二人にとって、この程度のやり取りはいつもの事である。

あの一連の騒動のあと、紅葉は晴れて科学部に復帰を果たした。しかしながら、紅葉が学園きってのトラブルメーカーなのは相変わらずである。

何だかんだ言って、それなりに仲のいい二人ではあるが、成り行き上、紅葉の科学部復帰を認めざるを得なくなった若葉にとって、紅葉の存在は頭痛の種でもある。

「あーっ、わたしは真剣だよ。真剣も真剣、せーちゃんファミリーの未来がかかってるんだからね」

「せーちゃん」こと青児が、やむを得ず深海 千草(ふかみ ちぐさ)との婚姻届にサインした時、実は紅葉たちヒロイン5人からも、あの珍法律『婚姻自由化法』(『便利屋、始めました』参照)を盾に、婚姻届を押し付けられていた。

そんな訳で、現在青児は学生の身ながら、同時に6人の妻の夫だったりする。

紅葉の反論は続く。

「それに、若葉にだって大いに関係ある事なんだからね」

「何であたしが?」

不平を言う若葉に対し、紅葉は聞いた。

「それじゃ聞くけど、若葉、最近せーちゃんと、週何回ぐらいエッチしてる?」

「……はあ?」

「質問に答える。週に何回?」

そうは言うが、いきなりそんな質問するか、紅葉よ。

まあ、律義に答える若葉も若葉だが。

「……まあ、週に2回は――って、それが何よ。今更でしょ、そんなの」

騒動が終わった今もなお、青児の女性関係というか、青児を一方的に「食いまくっている」女子の数は妻6人以外にも多数に及び、「被害者その3」の若葉も、しっかりその一人だったりする。

しかも、妻たちはそのことを完全に容認しているのである。

そういう点においては、若葉の言う通り、確かに「今更」な話ではある。

だが、紅葉が聞きたいのは、そういうことではなかったようだ。

「で、赤ちゃんは出来た?」

想定外の質問に、若葉も思わず「……へっ?」と、答えにならない声を上げた。

構わず、紅葉は更に畳みかける。

「だから、妊娠は? おめでたは? ご懐妊は?」

「いや、別に言い換えなくても分かるから。しないわよ、妊娠なんて」

桜庭学園では、あの一件以降、青児と“関係”している女性陣に対してピルを無償配布している(何ちゅー学校だ)。

そして若葉は、当然のようにそのピルをしっかり服用しているのだ。さすがに学生の身の上で、妊婦にはなりたくない。

しかし、紅葉は力説する。

「わたしなんて、毎晩だよ毎晩。

ううん、わたしだけじゃない。緑(みどり)ちゃんだって、京子(きょうこ)ちゃんだって、菫ちゃんだって、来海(くるみ)ちゃんだって、それに千草ちゃんだって、みーんな せーちゃんとエッチしまくってんだよ。

それなのに、未だに誰一人として、妊娠の兆候すらないんだよ。おかしいよ、これ」

「おかしいって……」

ピル飲んでんだから、妊娠する方がおかしいに――と、ここに至って、やっと若葉は気が付いた。

「ちょっと待った。ひょっとしてあんたら、ピル飲んでないの?」

すると、紅葉は答えた。さも当然と言いたげに。

「何で? 別に、わたしたちがあんなの飲む必要ないじゃん。夫婦なんだし」

これには、若葉も呆れた。

「はらみたいんか、あんたは!」

大抵の女子学生なら、そう思うだろう。

しかし、「妊娠したい」紅葉には、「妊娠したくない」彼女の気持ちが分からない。

「何でー!? 愛する人の子供を産むのは、女の幸せだよ」

「……あんた、意外に保守的なんだ」

まあ、紅葉だしね。

しかし、子宝に恵まれないが故に周囲の圧力に苦しんでいる夫婦が少なくない昨今、そういう言葉を口にするのは、いくら女性でもタブーではなかろうか。

もっとも、紅葉の辞書には、タブーという言葉はないが。

「話を元に戻すよ。

それで、ひょっとしてあの薬のせいで、せーちゃんの精子や、わたしたちの卵子がおかしくなったのかなと思って、いろいろ調べてみたんだけど」

「あの薬」――肉体を極度に活性化させる強壮剤のつもりで作ったはずが――いや、それ自体は成功だったのだが、致命的副作用として――服用した男子の体液を惚れ薬化させ、その人の体臭などに触れた女子(実は男子も)をメロメロにしてしまう効果まで持ってしまった、紅葉の失敗作。つまり、あの一連の騒動の原因である。

ちなみに、誰かさんの尊い犠牲(笑)により解毒剤、というか解除薬が作られ、騒動は終息。現在、青児は正常な体に戻っている。

「まあ、普通はそう考えるわね」

「でも、いくら調べても、全然異状が見つからないんだよ。精子も卵子も。

なのに、試しに人工授精させてみると、これが不思議なんだけど、わたしたちのどの卵子も、せーちゃんの精子を全く受け付けないの。

他の男子の精子とわたしたちの卵子、あるいは せーちゃんの精子と事件に関わらなかった女子の卵子とのペアリングであれば、一発で受精したのに。あっ、もちろん、受精卵はすぐに処分したけどね」

「……いま、何かとんでもない事を聞いてしまった気がするんだけど」

確かに。他人の精子や卵子をどうやって入手したのかとか、本人の了解なく人工授精させてしまっていいのかとか、あまつさえ、受精卵をそんな安易に処分しちゃっていいのかとか。それって無茶苦茶、医療モラルに反する行為ではなかろうか。つーか、いいのか、法律的に?

もっとも、紅葉の辞書には、モラルという言葉もないが。

紅葉は、ふうっと息をつき、そしてつぶやいた。

「……さすがにこうなると、師匠の力を借りるしかないかな。HELPSへの仕事依頼として、規定の料金はしっかりと取られちゃうから、あんまりしたくはないんだけど」

これを聞いて、若葉は言った。

「『師匠』って、あのバイト先の便利屋にいた、黒帽子の人でしょ。確か、副所長だったっけ」

どういう経緯で、そういうことになったのかは不明だが、とにかく、あの紅葉が「師匠」と仰ぐ、便利屋『HELPS』副所長・船島 由宇子(ふなじま ゆうこ)

若葉も以前、その「師匠」に会ったことがあるが、その時の偽らざる印象が――「世の中、上には上がいる。あらゆる意味で」。

(断わっておくが、一見まともそうな若葉も、そのマッドサイエンティストぶりは紅葉と大差ない)

そして、青児の「師匠」である由宇子の夫も、これまた、あらゆる意味で「凄い」人物で――。

「そういえば、井上はどうした?」

何気なく若葉が聞いた。青児の意思に関係なく、青児と紅葉はいつもくっ付いているから、今のように紅葉が一人でいることは、実はかなり珍しい。

「せーちゃんなら、千草ちゃんの所にいるよ。何か、千草ちゃんが せーちゃんに用事があるとかで」

で、その青児と千草だが――。

「俺の精液なんて、千草にはそれこそ毎晩のように――」

これまた「大人しくしていれば美少女」な千草に、いきなり「お前の精液をくれ」なんて言われたら、そりゃ青児にすれば、こう言いたくもなる。

「そういう意味ではない!」

あっ、千草が珍しく照れてる。

ここは、風紀委員会室の一角にある、千草の個室。というか、千草が風紀委員長時代に勝手に設けた私室だ。

風紀委員長の座を「菫に禅譲した」(と、千草は言い張っているが、実際には、とうとう堪忍袋の緒が切れた学園理事会の指導により、生徒会長・緑が解任したも同然)千草だが、今なお風紀委員会における精神的支柱であることには変わりなく、この個室も千草が半ば強引に使い続けている。

そんな「不法」を、風紀委員会はともかく、生徒会執行部や理事会がなぜ許すのか。

もちろん、本当は許したくない。しかし、ここは千草にとっては大事な「魔術工房」の一つ。それ故、室内には摩訶不思議な魔道グッズが一杯詰まっている。

そんな部屋に手を出すほど、彼らも馬鹿ではない。誰しも、命は惜しいのだ。

本筋に戻ろう。

千草が普段の仏頂面、というか真剣な表情に戻って、話を続ける。

「私が欲しいのは、魔法薬の材料としての精液だ。性交中に出されて、他の体液と混ざってしまった精液では、薬の材料としては使えんからな」

「だったら、最初からそう言えよな――って、精液なんて、マジで薬になるのか?」

しかし、聞けば聞くほど、風紀委員会室における学生同士の会話とは思えんな、これは。

「男子の精液や、女子の淫液は、ある種の魔法薬の調合には不可欠の材料だ」

「ある種のって?」

「それこそいろいろだ。ただの風邪薬や媚薬、更には、コンマ1秒で相手を瞬殺できる猛毒から、逆に死亡寸前からでも完全回復可能な万病薬までな。

特に青児の精液は、普段から鍛えられているだけあって、そうした薬の材料にはうってつけだ。これだけ高品質のものは、そうそう他から手に入るものではない」

「鍛えられてるって……」

なまじ意味が分かるだけに、青児は、〈好きで“鍛えている”わけじゃないんだが〉と、心の中でつぶやいた。

「とはいえ、本当なら、童貞の精液であれば、なおいいのだがな」

「処女の淫液みたいなものか?」

「それを言うな! あの敗北で、私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってる」

千草が思い出したのは、あの生徒会長“戦”で味わった屈辱のことだ。

貞操を失う羽目になったからではない、幼少期から(一方的に)敵視していた紅葉に対し、真っ向勝負で敗れたことが、千草にとっては今も悔しくてならないのだ。

「それはさておき」

「話を聞け!」

構わず青児は、自分のペースで話す。千草のあしらい方にも慣れてきたものだ。

「童貞の精液なら、常盤でいいんじゃないか? あいつ、童貞だし」

「……私もそう思い、加藤に以前、話を持ちかけたことがある」

「そうなのか? で、常盤は何と?」〈あいつが断わるとは思えんが〉

すると千草は、苦虫を噛み潰したような顔をして言った。

「『射精1回分につき1万円』と言われた」

「……あのアホが」

青児が思わず口にした通りだ。千草を相手に高値で吹っかけるなんて、「虐殺してくれ」と懇願するに等しい。そんな愚かな事は、学園広しといえども常盤にしか出来ない。

なお、青児はあえて聞かなかったが、案の定、このとき常盤は千草に木刀で半殺し、いや、99.9%殺しの目にあったことを、ここに付記しておく。

「祖父の時代には、童貞の精液など、ただでいくらでも手に入ったらしい。それが今では……。

困った世の中になったものだ」

そう言って、千草は「はあっ……」とため息をついた。

「――そうだ。精液といえば、紅葉の方はどうなっている?」

今度は千草の方が、話題を変えた。

「また唐突だな。紅葉の方って、例の子供が出来ない件か?」

「無論だ」

すると、青児はため息をつき、

「……駄目だ。よく分からんが、本人曰く、いくら調べても、全く原因が掴めないらしい」

「そうか……」そうつぶやいて、千草は顔を曇らせた。「他の妻たちにとってもそうだろうが、私にとっては、この事態はまさに死活問題だ」

「それは何度も聞いた。千草は、深海家の跡取りだからな」

「深海家の断絶自体が問題なのではない。あってはならぬ事だが、それが運命だというのであれば、私は甘んじてそれを受け入れよう」

なお、ここでいう「深海家」とは、正確には深海宗家のことだ。深海家には分家がいくつかあるので、実際には宗家断絶イコール一族消滅ということにはならないが、千草曰く、宗家と分家ではレベル差が歴然としているそうだ。「本当に私が恐れているのは、深海家の消滅によって、神職系と魔術系との勢力バランスが崩れてしまうことだ。ただでさえ、神職系の筆頭である滝峰(たきみね)家の当主は子だくさんだというのに」

「子だくさんって、何人いるんだ?」

「現時点で既に9人。しかも、あの葉子(ようこ)という女、まだまだ作る気でいるらしい」

「どっかで聞いたような話だな」〈確か、サヤカさんって言ったっけ……〉

「菫の高円寺家も、本来は神職系だ。今は魔術系との関係も良好だが、これとて将来はどうなるか分からぬ。

……せめて、綾小路(あやのこうじ)家が無事だったら、ここまで苦悩することもなかったのだが」

「綾小路家って?」

「陰陽道の大家だ。……いや、大家だったと言うべきだろう。私が生まれるより少し前、当主が何者かに殺害されて、絶えてしまったというからな」

実は瑞穂(みずほ)が生きていて当主を継いでおり、今は魔法学園ウォザーブルグに在籍しているのだが、もちろん、そんな裏事情を千草は知るよしもない。

なお、『すぷわで』世界では、ライルはモニカを選んだため、瑞穂は未だ独身である。やがて、瑞穂は魔法学園を卒業してすぐ、桜庭学園に風紀委員会顧問として招かれ、千草や菫たちと対面することになるのだが、それはまた別の話である。

「で、話を戻して、子作りの件だけどな。

まあ、他の奴の精子となら問題ないみたいだし、いよいよとなれば、他の男子に頼んで――ん? どうした、千草」

青児よ、それは千草には禁句だと思う。

案の定、千草は即座に青児の首を締め上げながら、鬼の如き形相で迫る。それこそ、地獄の底から響いてきたかのような声で。

「……つ・ま・り……私に、夫以外の男と交われ、と……」

「ま、待て! 落ち着け!……わ、分かったから、手を離せ、手を!」

まあ、青児にとってみれば、

〈大勢の女子と関係を持ってる俺が、他の男に抱かれるな、などと言える立場じゃない〉
ということなのだろうが、それで千草が納得するような女性なら、そもそもあんな形で青児と結婚なんてしていない。

他の妻5人も同様で、みな揃って青児に操を立てている。

「全く……。これでは、真面目に悩んでいる私が馬鹿みたいではないか」

そう言って、千草はわざとらしくため息をついた。

更に同時刻、青児たちの「たまり場」となっている、第3保健室では――。

「見付からない!? 探知機に反応は出てるんでしょう?」

四方堂 緑(しほうどう みどり)が問い詰めている相手は、桜庭学園のセキュリティを担当している会社の社員。ご存知の通り、四方堂家がオーナー経営者をしている会社だ。

「申し訳ありません、お嬢様。しかし、いくら反応先を調べても、その……」

緑と社員たちが捜しているのは、この第3保健室に仕掛けられているはずの、盗撮カメラと盗聴マイクだ。

数日前、ある盗撮ビデオを収録したDVDが、男子学生の間で密かに出回っていたことが、風紀委員会の調べで分かった。

そのビデオの内容は、この第3保健室で、いつものように青児と妻たちがエッチに勤しんでいる場面の一部始終。誰かがサクラの目を盗んでカメラとマイクを仕掛け、隠し撮りしたものであることは明白であった。

井上家は学園公認だから、以前と違い、エッチがばれること自体は問題ない。しかし、撮られた当人たちはもちろん怒り心頭。学園サイド、特に生徒会執行部や風紀委員会にとっても、信用に関わる一大事であった。

「ねえ、緑、あたし思うんだけどさ」

一緒にいた瀬戸 京子(せと きょうこ)が、緑に話しかけた。

「何、京子ちゃん?」

「あくまであたしの勘だから、何でって言われると困るんだけど、ひょっとして、その盗撮用カメラ自体にも、何か妙な仕掛けがしてあるんじゃないかな」

情報屋の京子は、勘も鋭い。緑の知る限り、こういう時に働く京子の勘は、外れたことがない。

「仕掛けって?」

「セキュリティ会社に発見されないようにする仕掛けよ。完全透明の『見えないカメラ』とか、あるいは……そうねー、人間が見付けられないようにするおまじないでもかかってるとか」

「……否定は、出来ないね」

緑も、千草との付き合いは長い。当然、そっち方面にも理解はある。「だとしたら、千草ちゃんの方が専門だね。呼んでこようか?」

しかし、京子は言った。

「千草に、機械の類いが分かると思う?」

「……絶対に無理ね」

更に、京子は言う。

「つまり、その道のスペシャリストじゃ、かえって駄目なんだと思うのよね。そういう人って得てして、自分が得意にしている知識しかないから。こういう場合に対処できるのは、広く浅く、オールマイティーに何でも知ってて、かつ行動力のある人物ね」

「そんな都合のいい人が、そう簡単に――」

すると京子は、ニヤリと笑った。

「いるわよ。緑だって何度も会ってるでしょ?――青児の『師匠』」

「……あっ!」

紅葉の方に話を戻そう。

散々悩んだ末、結局「師匠」の力を借りることにした紅葉は、翌日、青児と共にバイト先の便利屋『HELPS』に出向き、これまでの経緯を由宇子に話した。

「――つまり、その薬に当てられた当事者の精子と卵子だけが、受精しなくなったわけね?」

「そーゆーこと。でも、単体で見ると、何の異状もないんだよねー」

「紅葉ちゃんがそう言うんなら、間違いないよね」

紅葉の説明をじっと聞く由宇子。紅葉の実力は由宇子も認めており、その紅葉の見解に、由宇子はいささかの疑問も抱いてはいない。

――いないが。「あれっ? でも、それって……」

「どうしたんですか、由宇子さん?」

同席していた青児が聞く。

「待って。何か引っかかって……」

それだけ言うと、急に由宇子は無言で何やら考え込み始めた。

そして、1分の長考ののち、紅葉に聞いた。「紅葉ちゃん、その問題の薬、まだ残ってる?」

「薬は処分しちゃったけど、データなら、まだ科学部の部室に」

「いいよ。それ、持ってきて頂戴。

あと、三日ほど時間をくれないかな? こっちはこっちで、調べたいことがあるから。故郷から――ううん、母星からデータを取り寄せる必要もあるし」

青児たちは、由宇子が「ねこみみ宇宙人」だと知っている。だから由宇子もごまかさなかった。

「お願いします」と、これは青児の台詞。「――そうだ。それから、隠しカメラの件ですが」

「昨日、緑ちゃんの方からもらった依頼のことね。

ごめんね。本当なら、すぐにでも飛んでいきたいところなんだけど、大輔(だいすけ)さん、ずっと予定が詰まってて。それでも何とか、三日後にその依頼、放り込めたから。

……そうだ! その時に私も、大輔さんと一緒に学園に伺ってもいいかな?」

そして、三日後。

桜庭学園に、HELPSから所長・船島 大輔(ふなじま だいすけ)と由宇子、そして今回は大輔の助手として今泉 徹(いまいずみ とおる)の3人がやって来た。

そして、大輔と徹が第3保健室で作業をしている間、由宇子は青児・紅葉・千草と共に、風紀委員会室に向かった。

千草にとっては盗撮よりも跡継ぎの方が重要な問題、ということだろう。

そして、風紀委員会室に着くと、他に人がいないのを確認した上で、青児たちは由宇子から調査結果を聞くことになった。

「結論から言うと――問題の症状を解決する手段はあります」

「本当かっ!?」

あのクールな千草が、珍しく紅葉の前に出て由宇子に迫った。それだけ、事態を深刻に受け止めていた証拠である。

「まあまあ、落ち着いて。えーと……千草さんだっけ? ちゃんと、順を追って説明するから」

由宇子が冷や汗を垂らしながら、千草を両手で制する。

「……ああ、済まない」

さすがに「らしくない」と思ったか、千草はすぐに後ろへ下がった。

「実は紅葉ちゃんの例の薬だけど、ぼせ……うん、母星で最近開発された、ある医薬品のデータと一致したの」

由宇子は一瞬詰まったが、〈彼女も井上家だし、いいか〉と、ごまかすのをやめ、はっきり言うことにした。

「ボセイ?」

当然、千草は疑問に感じたが、横にいた青児がフォローした。

「由宇子さんは異星人だ。それだけ言えば分かるだろう?」

「……ああ、なるほど」

青児の言う通り、魔術師・千草にとって、この程度は“常識”の範囲内。すぐに納得した。

しかし、その直後、青児が「ある可能性」に気付いた。

「――いや待て。おい、紅葉!」

「せ、せーちゃん、盗んでなんかないって。ほんとに偶然の一致!」

紅葉自身、内心「その可能性」に気付いていたのだろう。問い詰める青児に対し、即座に否定した。

地球上に流出した母星の科学資料データの回収――それが、紅葉と青児が以前由宇子から聞いた、彼女が地球に残ることになった元々の理由、というか建前。

そして、紅葉にとってはネット ハッキングなどお茶の子さいさいだ。

そして、もし紅葉が偶然にも、その医薬品のデータに接していたとすれば――充分ありうる話だ。

もちろん、思い至ったのは由宇子も同じ。だから、すかさず助け船を出した。

「うん。それはありえないね」

「えっ?」

思わず声が出て、由宇子の方へ顔を向けた青児。〈なぜ、そう断言できる?〉と言いたそうな表情だ。

「テレパシーが使える私に、嘘は通用しないよ。

それに、その医薬品が開発されたのは、母星でも昨年のことだから、4年前に地球に来た宇宙船にそのデータがあるわけがないし、仮に万一、そのデータに紅葉ちゃんが触れたとしても、その医薬品を紅葉ちゃんが作るわけがないもの」

「なぜ、そう言い切れる」

まあ、千草でなくても、そう思うかも知れない。そこで、由宇子は改めて、紅葉に聞いた。

「紅葉ちゃん、子供欲しいよね?」

「うい」

その通り。そうでなければ、今の状況は問題にならない。むしろ、願ったり叶ったりだ。

「ほらね」

「いや、だから由宇子さん――」

まだ分からない青児。だから、頃合い良しと見て、由宇子ははっきりと正解を明かした。

「だって、その医薬品って、男性向け避妊薬なんだから」

「避妊薬っ!!?」

「……綺麗にハモったところで、解説するね。

その薬は、男性が服用すると、その人の体液にちょっとした“情報”を与えるの。そして、その体液を女性が摂取すると、その体液に仕込まれた“情報”がその女性の卵巣に伝わり、そして卵巣は、排出する卵子に対して、元々の男性から射出された精子を拒絶する、一種の免疫効果を与えると――まあ、簡単に言えば、そういう仕組みなわけ」

由宇子の解説を聞き、青児が思わず叫んだ。

「それって、今の状況そのまんまじゃないですか。というか、その薬って、元々そういう奴なんですか!?」

「うん。しかも、この薬は、長時間の性行為に耐えられるように体力を強化する強壮効果や、体液を摂取した女性をメロメロにさせる催淫効果のおまけ付き。というか、そっちの効果が余りに強すぎて、母星じゃ開発と同時に販売禁止になったという代物なの」

「でも、それって、由宇子さんの母星の人向けの薬なんでしょ?」

「私たちの種族と地球人は身体構造がほとんど同じだから、地球人に効いても、別におかしくはないよ。

それにしても、偶然とはいえ、こんな薬を自力で作っちゃうなんて、やっぱり紅葉ちゃん、凄いね」

由宇子は素直に感心しているが、当の紅葉は、余り褒められた気がしない。それが証拠に、こんなつぶやきを。

「強壮効果が『おまけ』……」

「それで、その薬の効果は、いつになったら切れるのだ?」

確かに、千草にとっては、そっちの方が重要だ。

「ん? 切れないよ」

「……どういうことだ?」

千草、理解できずに更に聞く。

「だって、薬効じゃなくて“情報”だもの。一度卵巣に刻まれた“情報”が自然に消えることはないよ」

「おい! それでは――」

「待った、千草!」

ここで青児が割って入った。「ボールペンの字が自然に消えることはないけど、修正テープを使えば簡単に消せるだろ。そんな風に、その女性に入った“情報”を別の手段を使って消去してやれば、元の状態に戻るということじゃないか。そうでなければ、最初に『解決できる』なんて、由宇子さんは言わない」

「あ、そうか。せーちゃん、えらい!」

「って、紅葉も分かってなかったんかい!」

「井上君の言う通りだよ。自然に消えないのなら、その“情報”を消去するための薬――つまり解除薬を作って、女性に飲ませればいいの。幸い、その解除薬のデータも母星から入手できたし、あとは材料さえ揃えば――」

しかし、ここで由宇子の口調が変わる。「あ、でも、その材料が問題かな……」

不安がよぎり、青児が聞く。

「まさか由宇子さん、地球外物質なんて言わないですよね?」

ありそうなだけに怖い。データのやり取りだけなら数日で済むが、材料を母星から取り寄せるとなったら、それだけで果たして何年かかるやら。

「ああ、それは大丈夫。その点だけはね」

そして由宇子は、アタッシェケースの中から何十枚もある紙の束を取り出した。「で、これがその解除薬のデータと、材料と調合法を記したレシピ。日本語に翻訳しておいたから、紅葉ちゃんなら読めるよね」

そう言って、その資料を紅葉に渡した。

紅葉は早速、資料のページをパラパラとめくる。そして10秒後。

「うい。これなら、わたしでも作れるね」

「理解、早っ!」

青児よ、それは今更だろ。

「材料も問題ないよ。一つはすぐに手に入るし、他もみんな、学園の力で入手できる薬品ばっかりだから」

「『学園の力』って……」

青児はつぶやいた。その言葉の意味が分かるだけに、怖い。

つまり、「学園の力」がなくては調達もままならない、危険物や希少物質ばかりということだ。

「ほら、せーちゃんも見る?」

そう言って、紅葉は材料のリストが載ったページを青児に示した。

「いや、俺が見たって」と言いつつ、そのリストをのぞき込む青児。「――おい」

「どうした?」と、気になった千草が横から聞く。

「紅葉……ひょっとして、『すぐに手に入る』材料って、これのことか?」

そう言って、青児が指差した箇所には、こんな単語が。

『人間の精液 1リットル』

「うい。頑張ってね、せーちゃん♪」

「無茶言うな!」

「えー、せーちゃんなら出来るよ」

「何を根拠に」

「だって、せーちゃんだし」

「あのなっ!」

あくまでお気楽な紅葉だったが、ここで由宇子がきつい一言。

「あっ、駄目だよ、紅葉ちゃん」

「えっ?」

「ほら、ここに小さく注記があるでしょ? 『ただし、童貞に限る』って」

「あ、ほんとだ」

小さく注記って、保険の契約書じゃあるまいし。

「それじゃ、せーちゃんを童貞に……って、それはさすがに無理か」

由宇子も言う。

「うちの男性所員も、既婚者や彼女持ちばっかりだから」

二人の言葉に、青児が呆れて言った。

「いや、そういう問題じゃ……。そもそも、何で1リットルも必要なんですか?」

由宇子が説明した。

「本当に必要なのは、精液の中に含まれているある成分なんだけど、それって微量しか含まれていないから、薬を調合できるだけの量を抽出しようとすると、どうしてもそれだけの精液が必要になるの」

「はあ……」

――と、この時、青児の携帯電話が鳴った。

「もしもし。……カメラが見付かった!?

直ちに第3保健室に戻った由宇子と青児たち。

その中から、千草の姿を認めた大輔は、既に取り外していた小型カメラと小型マイクを、無言のまま千草に手渡した。

「……これはっ!」

千草の反応を見て、保健室にいた緑が尋ねた。

「千草ちゃん、何か分かった?」

「私には機械のことは皆目分からぬが……確かにこの物体には、人間や動物が見ても何も感じさせないようにする魔法がかけられている。私のように魔術を知る人間でなければ、発見不可能な代物だ」

青児が聞いた。

「普通に見えるじゃないか。別に、透明でも極小でもないし」

「人間が道端で石ころを見ても、何も感じないだろう。それと同じ理屈だ」

「ああ、そういうことか」

「しかも、この魔法は、昨日今日かけられたものではない。恐らくは何年も前に、強力な魔術を施され、その力が今日までほとんど消耗せずに残っているように感じられる。こんな物を、一体誰がどこから入手できたというのか……」

首をひねる千草だが、その疑問は、すぐに氷解した。

「大輔さん、バッチリです」

1枚の写真を手に、徹が第3保健室に入ってきた。

カメラとマイクの所在さえ判明すれば、そこから電波を探知して、実際に画像と音声を受信している現場を押さえることは難しくない。

そこで、いつものように透明人間になり、大輔の指示を受けて現場を押さえる――というのが、今回の徹の役目だった。で、実際に徹が現場に踏み込んでみると、まさに、何も知らない犯人が盗撮していた映像を編集している真っ最中であった。

徹から写真を受け取った大輔は、すぐさまそれを無言のまま、青児に渡す。

インスタントカメラで撮影されたその写真には、盗撮の犯行現場がバッチリと捉えられていた。

「……こいつならやる。奴の行動力は、俺たちの常識を遥かに超えている」

写真に写っている常盤の姿を見つめて、青児はそうつぶやいた。

そして――この時、青児に“邪悪な思い”が芽生えた。

「いいだろう、常盤。この報いは、お前の精液で受けてもらう」

 

――そして、話は冒頭へ戻る。

「――という訳で、我々井上家一同は、精液1リットルを提供することを条件に、今回の犯行を赦免してやることで衆議一決した。

良かったな、常盤。お前、助かったぞ」

わざとらしく言う青児に対し、青ざめた顔に冷や汗をダラダラと垂らして、常盤は叫んだ。

「どこがだっ! 1リットルも抜かれたら、人間死ぬぞっ!」

すると紅葉は、笑みさえ浮かべて、

「血液でも、1リットルぐらいなら何とか命は持つから、精液でも大丈夫だよ……多分」

「多分って何だっ、多分って! 大体、俺が死んだら――」

「精液は手に入らん」と言おうとした常盤だったが、そこへ千草が、とどめの一言。

「死んでも構わんぞ。その時は、遺体から精巣を摘出して培養し、精液を絞り出すまでだ」

はい、見事に先手を取られてしまいました。

「……スキニシテクダサイ」

常盤、撃沈である。

「取引成立だな。よーし、やれ、紅葉」

「おっけー!」

紅葉は早速、常盤の足元に近寄り、邪悪な笑みを浮かべながら、常盤のズボンに手をかけた。

「本当は、せーちゃん以外のモノなんて見たくもないんだけどね。ハイハイ、尻を浮かせる」

「いやーん、襲われるーっ♪」

さすがに、青児も呆れ顔で、

「普段通りだな、常盤」

「ううっ、生まれ付きのギャグ体質が恨めしい……」

そうこうしているうちにパンツまで脱がされた常盤。紅葉の目の前でイチモツがピョーンと――と思いきや。

「あれー、これ、全然立ってないよ。大きさも、せーちゃんのより全然ちっちゃいし」

そう言いながら、垂れ下っている常盤のアレを、指でツンツンする紅葉。

「こんな状況で立つかっ! あと、ちっちゃいって言うなっ! そして、ツンツンするなーっ!!」

「常盤、パス」

青児がいきなり、一見するとラムネ菓子のような白い物体を、常盤の顔面に向かって投げた。

条件反射のように、それをパクッと口で受け取る常盤。あっ、そのままゴクンと飲み込んじゃった。

「って、何だ今のは!?」

「飲んでから聞くなよ、お約束男が」

代わりに千草が答えた。

「心配するな。ただの精力剤だ」

「ただのって……うわあああっ!!

わずか数秒で、常盤のイチモツがピーンと立ち上がった。それはもう、元気はつらつと。

「千草お手製の精力剤だ。俺が毎晩飲んでる奴だから、効き目は保障するぞ」

「よいしょっと」

待ってましたとばかり、紅葉はいきなり銀色のパイプ状の物を、元気になった常盤のイチモツにカポッとはめ込む。よく見ると、パイプにはチューブを介して、何やらポンプのような機械が。

「いててっ! せめてローションを――って、何だ、これは!?」

「乳牛用の乳搾り機を改造した『精搾り機』だよ。では、スイッチオン!」

「俺はホルスタインじゃ――ひえええええっ!!

どぴゅっ。

「はい1発目、1丁上がり!」

紅葉、性能に満足のご様子。

「はええな、常盤。早漏か?」

「やかましいっ!」

…………。

 

――数日後。

常盤から採取した精液と、「学園の力で」入手した材料により、解除薬は無事完成した。

しかし――。

「紅葉、『女の幸せ』はどこへ行ったんだ?」

問い詰める若葉に対し、言い訳する紅葉。

「あー、そのー……うん、子供は欲しいんだけど……やっぱり、もう少しだけ、自由気ままに暮らしたいなーっていうかー」

当初の「積極性」はどこへやら。すっかり及び腰になった紅葉は、未だに解除薬を飲んでいない。他の妻たちも、ただ一人を除いて同様だったりする。

まあ、解除薬の効き目のほどは、唯一、即行で飲んだ千草がすぐに実証してくれるだろう。

えっ、常盤はどうなったって?

……さあ?

――完――


あとがき

……えーと、これぐらいなら要りませんよね、年齢制限(笑)。

『がくパラ!!』『わーきんぐDAYS』以外のキャラ名もちらほら出てきたので、ちょっと解説。

滝峰(幹也)と葉子は『夏神楽』、というよりは『あおぞらマジカ!!』より。

サヤカは『ひとがたルイン』と『とらぶるDAYS』より。クーノの母親。「エリク様」と共にHELPSにしょっちゅう出入りしているので、青児は知っています。

綾小路瑞穂は『メンアットワーク!3』より。なお、瑞穂が独身なのは、その設定が出来た時点では、まだ『メンアットワーク!4』が世に出てなかったからです。今更変えられるわけがない(笑)。

青児「常盤よ、お前の犠牲は無駄にしない。俺たちが、お前の分まで幸せになってやるからな」

常盤「……勝手に……殺すな(ガクッ)」

[2010-01-09] 千草には いとこがいます(言い換えれば、深海家には分家がある)ので、それに関する記述を追加しました。


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