「……なあ、ミリィ」
「何ですか、昇一さん?」
「あの二人が入っていく直前に、彼女が着けてた奴、あれって暗視ゴーグルだよな」
「あ、昇一さんにもそう見えました?」
「この真っ昼間に、何であんなもんが要るんだ?」
「さあ……。それに、わたしにはそのゴーグル、彼女自身がかぶってた帽子の中から出したように見えたんですけど」
「……考えるのはやめよう。それより、仕事だ仕事」
「……そうですね」
Suplemento de «Working Days», n-ro 3
「さて、と」
ここは北棟1階の真ん中。元々は職員玄関だった入口から建物の中に入った大輔さんと私――船島由宇子――は、今くぐったばかりのドアを背にして周囲の様子を伺った。
建物に入る直前に装着した霊視ゴーグル――幽霊事に詳しい大輔さんと、科学には自信のある私の共同開発品である――を通して、私は左右の廊下を見渡す。こちらから見る限り、幽霊らしき人影は見えない。
「大輔さん、そちらからは幽霊の状況、分かる?」
私はゴーグルを通して目視するしかないが、大輔さんなら建物全体をレーダーで監視するが如く、幽霊の所在を敏感に感じ取れる。
〈今は近くにはいない。向こうは向こうで、俺たちの様子を遠くから伺っているようだ〉
大輔さんが、心の中の台詞で私に答えた。
「それじゃ、今は大丈夫だね」
〈ああ〉
安全を確認した上で、私は手にしていたアタッシェケースを床に置き、ふたを開けた。
中にあるのは、ライフル銃の部品――といっても、銃弾が飛び出る本物ではなく、霊気エネルギーを撃ち出す一種のビームライフル、「霊気銃」である。もちろん、これも大輔さんとの共同開発品。
バイオレンス映画で狙撃手がするように(いや、そこまで手際は良くないが)、私は手にした部品同士をカチッ、カチッとはめ込んでいく。
敵陣に入る前に組み立てておけばいいじゃないかと言われそうだが、それでは、外で今も待機している依頼主にこれを見られてしまう。ゴーグルはともかく、ライフルはさすがにまずいだろう。
中に入ってしまえば、依頼主からはこちらの様子を、遠くから建物の窓越しに眺めるしかないから、どうとでもごまかせる。まあ、南棟にいるあの二人からは丸見えだろうけど。
〈「沖田昇一」か……〉
ふと、そんな大輔さんの思考が私に届いた。
「えっ? 彼がどうしたの?」
銃を組み立てる手を休めることなく、私は大輔さんに聞いた。
〈いや、どこかで聞いたことがある名前だと思ったんだが……どこだったかな?〉
「昔のクラスメート……って、それはないか」
歳が違いすぎる。
〈後輩に、あんな奴はいない。とすると、仕事絡みか……〉
「でも、彼は『HELPS』のこと、知らなかったみたいだし」
それを聞いて、大輔さんの表情がわずかに変わった。本当に「わずかに」。
〈おい、まさか由宇子――〉
それ以上は“聞かなくても”分かる。だから私は先に答えた。
「大輔さん以外にテレパシーは使わないよ。あくまでも雰囲気」
テレパシーは相手の領域を侵す行為ゆえ、濫りに使うことは許されない。だから思考感知機能を働かせるのは、大輔さんのように、言葉によるコミュニケーションが使えない相手だけ。あとは犬さんとか猫さんとか――って、大輔さん、動物扱い???
〈……そうか〉
私の一人ボケ突っ込みを知ってか知らずか、大輔さんは安堵してそう答えた。
私の正体(ねこみみ宇宙人)を知っている『HELPS』の人たちも誤解しているようだけど、私自身は実はテレパスではない。
テレパシー――正確には、相手の思考を読み取る受動的テレパシー――が使えるのは、今私がかぶっている、この帽子のお陰。
ただの猫耳隠しだと思ったら大間違い。この帽子には、異星人との意思伝達を図るためには欠かせない、万能の言語翻訳機能や思考感知機能などが内蔵されている。(他にも、なぜか超次元的物品収納機構もあったりするのだが、今は関係ない)
つまり、この帽子をかぶっていないと、大輔さんら地球人とコミュニケーションが全く取れない。だから、大輔さんと二人っきりの時でも、この帽子を外すわけにはいかないのだ。例外は、私の母語が通じる良子だけ。
さて、そうこうしているうちに、やっと霊気銃も完成。
弾丸ならぬ霊気エネルギーが充填された弾倉をセットし、これで準備完了……っと。
「……あれっ?」
ふと、大輔さんの方を振り向いた途端、何か違和感を覚える。
よく見ると、大輔さんの背後に、何か青白いもやのようなものが――。
「大輔さん、後ろ!」
何のことはない。私たちが会話している間に、幽霊が1体、大輔さんの背後まで迫ってきていたのだ。
私に気付かれたのを知った幽霊は、一気に自らの光(のようにゴーグルを通して感じられる霊気)を強め、大輔さんに襲いかかる。
「…………」
しかし、心配は全く杞憂だった。というか、初めからしていなかった。
とっくに幽霊の存在に気付いていた大輔さんは、拳を振り下ろそうとして防御がおろそかになっていた幽霊に背を向けたまま、無言でドンと当て身を食らわせる。
そして一瞬ひるんだ幽霊に、私が素早く構えた霊気銃の銃口が向けられる。
幽霊は、大輔さんの真後ろに回る。大輔さんの大柄な体を盾にしたつもりだろうけれど、私は構わず、その幽霊に照準を合わせ、引き金を引く!
そして、銃口から無音で射出されたビームは、大輔さんの体を通り抜け、真後ろの幽霊に見事命中した。
「グワアアア……」
そんな断末魔の叫びを残して、幽霊は消滅した。
「霊気エネルギービームって、ただの物体や生命体は透過するのよ。まさに幽霊にしか効かない、対幽霊戦専用特殊兵器なのだーっ」
と、私は笑顔で勝利宣言した。
〈由宇子……俺が護符で霊力強化しているのを忘れてただろ〉
「えっ?」
よく見ると、大輔さんが着ているジャンパーの、先ほどビームが通り抜けた辺りに、少し焦げたような跡があった。
〈俺が寸前に由宇子の意図に気付いて、自分の霊力で護符の分を相殺していなかったら、さっきのビームは俺を直撃していたぞ〉
そうだった。
「幽霊に効く」ということは、「ただの生命体」ではない、幽霊と同等の霊力を持つものにも効くということ。
いつもの大輔さんなら、持ち前の霊力は一般人並に抑えているから影響ないけど、今は体に護符を貼っているから、霊力出っ放し状態。
私が引き金を引く直前、大輔さんの霊気が一瞬消えたように見えたのは、そういうことだったんだ。でも、完全にゼロには出来なかったから、ほんのちょっとだけダメージを受けてしまった。
「ご……ごめんなさい」
〈いや、俺は大丈夫だ。それに、霊気銃の実戦投入は今回が初めてだから、そんなデメリットがあるとは俺も思わなかったし〉
しかし、大輔さんは元より、南棟の二人も霊力はかなり強い。「ビームは人間を素通りする」ことを前提に、滅多やたらと撃ちまくるのは控えた方が良さそうだ。
*
「……驚いた。あんな飛び道具なんてありかよ」
こちらは南棟1階のロビー。窓越しに北棟の様子を見ていた昇一さんが、思わずそうつぶやいた。
「わたしは、“飛び道具”しか使えませんけど」
わたし――ミリィ――はそう言って、苦笑いを浮かべた。
「ミリィの“あれ”は最終兵器だから構わねーよ。いつも通り、オレが亡者を相手にしている間に、ミリィは綻びの探索の方、頼んだからな」
「それは承知してますから、昇一さんはよそ見してないで、いつ亡者が現れてもいいように見張っていて下さい」
「へーへー」
「綻び」とは、この世とあの世を繋ぐトンネルのような物。つまり亡者の出入口である。
実のところ、死んでのちも死神を振り切って現世に強引にとどまり、亡者と化した魂というのはほとんどいない。大抵は、一度は霊界に連れてこられた魂が、隙を見て綻びから現世に舞い戻ってきた者たちである。
だから、この場にいる亡者を退治しただけでは、実は余り意味がない。亡者が大量発生している場所には、必ず大きな綻びが存在するはずなので、まずはそれを塞ぐことが先決なのである。
「結局、1階には綻びはありませんでしたねえ」
1階のロビー、廊下、個室とくまなく見回ったが、結局綻びは発見できなかった。
「ああ。でも、この南棟の上の方で、空間の歪みを感じる。間違いなく、本丸はこっち側だ」
そう言いながら、昇一さんはわたしから少し離れて、亡者の襲撃に備えて見張りを続けている。
本当なら、その歪みの場所に直行したいところだけど、そうはいかない。
大きな綻びのある場所には、得てして小さな綻びが2、3個、別に開いていることが多い。いわば正門に対する通用門だ。それに、大きな綻びは遠くからでも探知できるが、小さな綻びはすぐそばまで近付かないと、わたしたちには気が付かない。
そのため、そうした小さな綻びを見逃さないように、1階から順を追って探索する必要があるのだ。
「それはわたしにも分かります。だから昇一さん、こちらを選んだんですね?」
「そういうこった。あの二人の力量が未知数である以上、危険度の高いこちらは任せられねえ」
「だったらいっそ、全部こちらで引き受けたら良かったのに」
ここだけの話であるが、わたしたちには亡者の100体や200体は全く苦にならない。
今の昇一さんは、亡者どころか魔界の魔王さえ倒しかねない力があるし、わたしだって――。
「そうはいくか。あの二人だって商売でやってんだ。プライドってもんがあるだろ」
それを聞いて、わたしは思わず笑顔を浮かべた。
「以前の昇一さんなら、絶対に出てこない台詞ですね、それって」
「ちげーねえ。ミリィたちに出会う前は、他人がどうこうなんて思い付きもしなかった。……と」
そう言って、かつての外来患者受付を左に見ながら通り過ぎようとした瞬間、昇一さんはピタリとその場に立ち止まった。
「…………」
昇一さんがなぜそうしたかは、わたしにも分かる。だから無言で、わたしは昇一さんの様子を見守る。
やがて昇一さんは、頭だけを左に向け、受付の方向をにらみ付けた。
「そこにいるのは分かってるんだ。とっとと出てきやがれ!」
すると、受付のカウンターの裏に隠れていたのを見破られた青色の亡者が1体、そのカウンターを突き抜けて昇一さん目がけて襲いかかってきた。
青色のもやに見えるということは、防御に優れているということ。ちなみに、赤色なら攻撃型だ。
「もらった!」
とはいえ、この程度の亡者は昇一さんの敵ではない。案の定、昇一さんの右ストレートパンチが1発入った瞬間、亡者は叫ぶ間もなく消え去ってしまった。
しかしその時、わたしの視線は昇一さんの完勝劇とは別の所を見ていた。
「昇一さん、これ!」
「どうしたミリィ……ああ!」
先ほど亡者が隠れていたところ――受付カウンターの裏に、わたしたちはわずかな空間の歪みを発見した。
昇一さんは塀を乗り越えるように、素早くカウンターの向こう側に飛び移った。わたしも、ほとんどよじ登るようにしながら、やっとこさ向こう側に降り立つ。
「さっきの亡者は、自分の霊気でこれを隠していたんですね」
改めて歪みを確認する。それはやはり、小さな綻びだった。
「でも、その霊気で自分自身が見付かっちゃ、しょうがねーよな」
「ほんとですね」
そう返事してから、わたしは綻びに手を当てる。やがて手から放たれた神力によって、綻びはあっという間に塞がっていった。
「取りあえず、1階はここだけか。よし、2階に上がるぞ」
「はい」
わたしたちは――今度はちゃんとドアをくぐって――カウンターを出、そばにあった非常口の階段を上がる。
そして踊り場まで来た途端、2階のフロア全体を大勢の亡者がたむろしているのを感じた。
「覚悟しろ、ミリィ。ここからが本番だぞ」
「分かってます」
そして、わたしたちは階段を上がった先、2階の非常口の重い扉を開けた。
*
「あーん、もう来ないでーっ!!」
北棟2階に上がった私と大輔さんを迎えたのは、当然の事ながら幽霊の団体さん。
我ながら、先ほどの懸念はどこへ捨ててきたかと思わないでもない。私は、霊気銃をパシューン、パシューンと(いや、そんな音はしないんだけど、あくまでイメージってことで)幽霊に向けて撃ちまくる。
私の背後では、大輔さんがそばまで来た幽霊たちを、お札や聖水などの小道具を使って、1体ずつ仕留めていく。
中には、私たちの体を乗っ取ろうとして体当たりしてくる幽霊もいるが、護符が発している霊力の守りによって、皆、後方へはじき飛ばされていく。そしてひるんだところを、改めて銃や聖水で倒していった。
そして幽霊軍団を一掃したところで、フロアを見回り、発見した「空間の歪み」に大輔さんが専用のお札を湿布薬のようにペタリと貼り付ける。すると、ものの数分で「歪み」は消滅する――と、大輔さんは“言っていた”。(当然だけど、私にはゴーグルを通しても「歪み」なんて見えないから、私はただの付き添い。大輔さん“曰く”、こうした「歪み」から幽霊たちが侵入してくるんだそうな)
その2階の探索も、残すは目の前にある、一番奥のこの部屋だけ。
大輔さんがドアのノブに手をかける。しかし、そこで大輔さんの動きが止まった。
〈……中にいる。1体だ〉
それを“聞いて”、私は大輔さんの後ろに下がる。そしていつでも撃てるように、銃を両手でしっかりと握った。
大輔さんがノブを回し、ゆっくりとドアを開ける。中を確認すると、がらんどうの部屋の奥に、確かに赤色のもやが見えた。
先制攻撃とばかりに、大輔さんが手に持っていたお札を、幽霊に向かってピンと投じる。
しかし、赤い幽霊はそれをさらりとかわすと、猛然とダッシュし、私たちの脇をすり抜けて外へ出ていってしまった。
「待ちなさい!」
大輔さんを部屋に残して、私は一人、幽霊を追いかけた。
幽霊は廊下の突き当たりから左へターンした。その行き先にあるのは、北棟と南棟を結ぶ渡り廊下。どうやら南棟へ逃げ込むつもりらしい。
私も幽霊を追って、渡り廊下を走る。そして、南棟に出ようとした瞬間――突然反転してこちらに向かってきた幽霊に、私はドンと突き飛ばされた!
「きゃっ!」
尻餅をつき、弾みで銃を床に落とす私。護符のお陰で幽霊に体を乗っ取られることはないが、その副作用で、霊気の塊でしかない幽霊の体は私たちにとっては物体も同然。大抵は先ほどのようにはじき返してしまうが、攻撃力に優れた幽霊が全力でぶち当たってくると、逆に私たちの方が吹っ飛ばされてしまうのだ。
右手を床に着き、私は上半身を少し起こすと、南棟への出口から沖田さんがこちらに走ってくるのが見えた。
なるほど。さっきの幽霊は南棟へ出た途端、私より強い沖田さんと鉢合わせして、慌ててこちらへ逃げてきたわけか。
あっ、沖田さんが私に気付いた。彼は走り寄って、何か叫んでいるようだが、私は、
「私なら大丈夫です。それより、さっきの幽霊を!」
と言って、さっと体を起こすと、落とした銃を拾い、幽霊が逃げた先、北棟2階へと急いだ。
北棟の廊下に出てすぐ、幽霊は見付かった。
幽霊がいる場所から更に向こう側では、大輔さんが両手で印を結び、何事か呪文を唱えている。そして幽霊は、大輔さんの呪文を受けて金縛りに遭い、全く身動きが取れないようだ。
呪文って結構、霊力を消費するから、大輔さんに長々と続けさせるわけにはいかない。さっさと決着を付けさせてもらうね。
私の姿を確認した幽霊が慌てふためいているように見えたけど、私は容赦なく銃を構え、幽霊に向けてビームをぶつけた。
バシューン……なんて効果音が聞こえたように思えたけど、気のせいだろう。とにかく、幽霊はビームを食らった瞬間、風船が破裂したように粉々に飛び散り、あっさりと消滅してしまった。
「ありがとう、大輔さん」
私はそう言いながら、大輔さんの元へ駆け寄った。でも、大輔さんは私を見るや、何やら慌てているような素振りを、ほんのちょっとだけ見せた。
「ん? どうしたの?」
大輔さんは右手で私を指差すと、続いて自分の頭を指し、更に両手で頭をポンポンと叩いた。
「うん、私の、頭がどうしたって……て……」
…………。
はい、分かってしまいました。
同じように自分の頭を触った両手に明らかに感じた、ふにゃふにゃした猫耳の感触。
「slkdj, skldfjlkasdjfd」
今の私には意味不明の言葉が聞こえたので振り返ると、そこにいたのは、渡り廊下からこちらに駆け付けてきた沖田さん。
そして彼の右手に握られていたのは、私がさっきの幽霊に突き飛ばされた時に床に落としたであろう帽子だった――。
――後編へ続く――
11月中に間に合いました……。
一応、念のために申し上げますが、「由宇子の帽子には言語翻訳機能など云々」は、MooLingの独自解釈です。作中でも触れた、大輔と二人っきりでも帽子を外さない理由を考えているうちに、これにたどり着きました。
あと、『HELPS』の面々には、既に由宇子の正体はバレているということにしています。「最後まで隠し通せる秘密は存在しない」は、SSに限らず、MooLing創作全体に適用される絶対設定であり、これは譲れません。
さて、次回は後編、つまり完結編。
先に言ってしまいますが、幽霊(亡者)退治は実は長大な前振りで、本当にこの話で書きたい事実は、この依頼が解決してからの事です。