「お、おい!」

オレの止める声が耳に入らないのか、黒帽子の女の子――確か、由宇子さんって言ったな――は北棟へ逃げていった亡者を追いかけて、とっとと行ってしまった。

彼女がいた位置のそばには、白い綿毛のような飾りの付いた、彼女の黒帽子が残されている。

さっきの亡者と正面衝突した際に脱げてしまった物だが、どうやら彼女は、帽子を落としたことに気付いていなかったようだ。

「……仕方ねー」

オレは黒帽子を拾うと、彼女のあとを追って北棟へと向かった。

それにしても……わざわざ帽子で隠してたってことは、やっぱり本物ってことか?

彼女の頭の上でぴょこぴょこ揺れていた――あの猫耳


Suplemento de «Working Days», n-ro 4

拝み屋vs便利屋・後編

Verkita de MooLing


渡り廊下を抜け、北棟2階に入った。

向かって右方向に目をやると、そこにいたのは彼女と大男の二人だけで、亡者の姿はない。どうやら、亡者は既に二人が始末したようだ。

しかし当の彼女は、自分の今の状態にようやく気が付いたのか、両手を頭に置いたまま、呆然と突っ立っていた。

「おい、忘れもんだぞ」

オレは彼女の元に駆け寄り、背後から声をかけた。

彼女は無言で、ゆっくりと後ろを振り返る。

「……dscxv……cvjozxuv!!」

彼女はオレの右手に握られている帽子に気付くと、何事か叫んで、一瞬帽子に手を伸ばしかけたが、すぐにハッとなって、再び自分の猫耳を両手で隠した。

いや、今更隠したって遅いっての。

それに――今のあんたの台詞、絶対に地球の言葉じゃないだろ。

やがて、大男――船島さんもこちらへ駆け寄ってきた。

「沖田君……」

オレに向かって、船島さんは一言つぶやく。

――何だ。あんた、ちゃんと喋れるじゃないか。

「zxpcov……」

彼女は依然、何かに――いや、間違いなくオレにおびえて、硬い表情を崩さない。

まあ、取りあえず、これは返さないとな。

オレは黙って、黒帽子を由宇子さんに差し出した。

彼女はそれを無言で受け取り、自分の頭にかぶり直す。

「え、えーと……」

由宇子さんの台詞が日本語に戻った。しかし、彼女の口からはそれ以上言葉が出ない。

「…………」

そしてこちらは、無口に戻った船島さん。

だから、オレははっきりと言ってやった。

「オレもいろいろとあったからな。今更、宇宙人ぐらいじゃ驚かねーよ。

それに、お前らだってとっくに気付いてんだろ? オレの相棒が、人間じゃねーことぐらい」

俺も、この能力を身に付けるまでには、非科学的というか超科学的というか、とにかく科学だの常識だのでは説明の付かない体験をいろいろとしてきた。だから、沖田君の言いたい事が俺にはよく分かる。

だから、俺はとっさに由宇子に伝えた。――彼は信頼できる、と。

「……あ、ありがとう」

俺を信じてくれたのだろう。由宇子は、目の前の沖田君に手を差し伸べた。

「分かってるって。お互い、他言は無用な」

彼もそう答え、由宇子と握手を交わした。

そして、沖田君が続いて俺と握手をしていた時だった。

「……んっ?」

彼は俺から手を離さないまま、天井の方を見渡し、そううなった。

「どうしたの?」

由宇子の疑問に、彼は上を向いたまま答える。

「妙だな。さっきまで上にいた連中が、急に移動を始めた」
実は俺も感付いていた。3階から上に幾つもいた幽霊の気が、ある1点を目指して急速に移動している。
「向かっている先は……やはり、あそこか」
そう言って、沖田君は南棟の7階、即ち最上階を見上げた。
「あそこにはでかい綻びがある。恐らくあれが、亡者たちの“正門”だ」

「それって、幽霊たちがそこから逃げ出し始めたってこと?」

だと良かったんだが、由宇子、残念ながら外れだ。

「違うな。どういう理屈か知らねーが、綻びの真ん前に陣取っていた強い亡者――恐らくは連中のボスの力が徐々に増しているのが、ここからでも分かる」

「ということは……」

沖田君はにやりと笑いを浮かべて、こう言った。

「子分では勝負にならないと分かって、いよいよボス戦を挑んできたってこった」

彼の腹は決まったようだ。続いて俺たちに指示を出す。

「いいか。あちらのボスなんざ待たせておけばいい。

向こうが子分を引き上げさせたのは好都合だ。今のうちに、南棟7階――奴のアジト以外の綻びを全て潰せ。攻め入るのは、それからでいい。

そっちは引き続き北棟を頼む。それが済んだら、そっちの方から南棟6階に来てくれ。そこで合流だ」

「了解した――だって」

俺の台詞を代弁した由宇子に合わせ、俺自身も深くうなずいた。

オレは南棟に戻り、ミリィと合流した。

二人で3階に上がり、静まり返る建物の廊下を探索しながら歩いていく。

結局綻びは、建物のほぼ中央、北側の壁にあった1カ所だけだった。もちろん、直ちにミリィが修復した。

その後、4階、5階と上がって探索を続けるが、綻びは見当たらない。

ひょっとして見落としたかと思い、念のため各階を2往復してみたが、やはり綻びは見付からなかった。

窓越しに北棟の様子を見ると、船島さんと由宇子さんが、5階の廊下を行ったり来たりしていた。

どうやら、あちらもこちらと似たような状況らしい。

「“正門”がすぐ近くですから、“通用門”は要らない、ということなんでしょうね」

「そういうこった」

ミリィの言葉にオレも同意する。そしてオレは、ふと天井の方を見上げた。

ただし、オレの視線は天井から6階を突き抜けた先にいる“奴”に向いていた。これまでの連中とは比較にならない、どでかい気の塊だ。

――ふん。オレにぶちのめされるまで、せいぜいそこで踏ん反り返ってな。

そして、6階。

「ごめーん。待ったー?」

ライフルを右手に持った由宇子さんが、後ろに船島さんを従えて、北棟から走ってきた。

「いや。こっちも、さっき探索が終わったところだ」

オレはそう言いながら手を振り、二人を迎えた。

「昇一さん、それじゃまるで、デートに待ち合わせのカップルですよ」

横のミリィが、小声でつぶやく。

「ぶっ!……何だよ、そりゃ」

ほら見ろ。船島さんだって苦笑いしてる。わずかにだけど。

「ところで、どうするの、これから?」

由宇子さんが上を見上げながら、オレに聞いた。

各階で綻びを探索している間、オレはずっと考えていた。

由宇子さんはともかく、船島さんはオレよりも経験豊富で、それなりに実力もある。

それが分かるからこそ、オレは――船島さんに、ここで無駄に傷付いて欲しくなかった。

「ここからは、オレ一人で行く」

「ええっ!?」
と、ミリィと由宇子さん。

「――と言いたいが、やっぱり、みんな付いてきてくれ。

オレが先頭を行く。その後ろを5メートルほど離れて、ミリィ。他二人はその後ろだ」

この体勢なら、何かあってもミリィが二人をガードできる。

「つまり、私たちは後方支援ってこと?」

そう尋ねる由宇子さんに、しかし、オレは首を振った。

「いや。出来れば、何もしないで見ていてくれ」

「ええっ、そんな!?――えっ、大輔さん?」

当然不満を口にする由宇子さんが、突然、後ろの船島さんの方へ振り返る。どうやら「テレパシー」が入ったようだ。

「『彼の言う通りにしろ』だろ、あんた?」

オレの台詞に、船島さんが大きくうなずいた。

「あんたたちの力を信じないわけじゃねーんだ。

だがな、これから向かう相手は間違いなく、あんたたちがこれまで相手にしてきた連中とは、一桁も二桁も違う。文字通りの怪物だ」

沖田君の言葉は、誇張でも何でもなかった。

南棟7階の廊下に立つ、俺たち4人。

その廊下の突き当たりには、真っ黒な円形の“歪み”が壁一面に描かれている。この辺りでは「気」が円の中心部に向かって渦を巻いており、まるでブラックホールのようだ。

そして、その“歪み”の前で仁王立ちしている、それ。

人の形をしているが、明らかに人ではない。目も口もないもやの塊。一つの霊体。

しかし、その全身から放たれる銀白色の輝きが、自身が只者ではないことを雄弁に主張する。

しかも、それが決してこけおどしではないことを、俺は肌で感じる。

正直に言おう。こいつは俺が過去に相手にしてきた幽霊より、遥かに強い。

しかも、こいつは――。

「合体ヒーローならぬ、合体怪人ってわけか。なかなかやるじゃねーか」

そう言うと、沖田君は奴をにらみ付けながら、更に前に進み出る。

彼の言う通り、奴の本体と覚しき、もやの中央で輝きを放つ一つの霊魂を核として、先ほどまで病棟中に散らばっていた無数の霊魂が、核を取り囲むように結集していた。

つまり、元々強い奴が、大勢の仲間の力を吸収して、更に強さを増し加えたわけだ。

「あ……あんなのに勝てるの?」

俺の思考を感じた由宇子が、不安げにつぶやく。

「大丈夫です。昇一さんは勝ちます」

由宇子の不安を打ち消すように、俺たち二人のすぐ前に立つ天宮君が静かに、しかし力強く断言する。

――そうだな。今は彼を信じるしかない。

天宮君の言葉に促されるように、沖田君が奴に向かって歩き出す。

奴は彼を威嚇するように輝きを増し加えるが、彼は歩みを止めない。

そして、奴の目の前まで歩を進めた沖田君は、ようやく足を止め、そして奴に言い放った。

「決着を付けようじゃねえか……銀色の亡者!」

沖田君が、自ら“銀色の亡者”と呼んだ奴に向かって駆け出す。ほぼ同時に、奴も彼に体当たりするかのようにダッシュをかける。

沖田君、先制の右ストレート。しかし、これは奴の左手であっさりと止められる。

お返しとばかり、奴は彼の右手を止めたまま、彼の胸に目がけて頭突きを見舞う。しかし沖田君、これを後方へのスウェイでかわす。

沖田君、右ひざ蹴りに続いて、連続ジャブ。ほとんど奴の両手に止められるが、それでも2、3発は入る。

そして沖田君の攻撃が一瞬止まったのを見逃さず、奴の左アッパーが彼のあごに入る。しかし沖田君はひるまず、再びジャブを繰り出す。

――ここまで、わずか1秒強。

「凄い……」

呆然とする由宇子。俺には何とか双方の攻撃が見えるが、由宇子には余りのスピードにとても目が付いていけないようだ。

間断なく互いにパンチとキックを見舞い続ける両者。一見全て決まっているように見えて、実はガードしたりかわしたりで、共にそれほど入ってはいない。それでも両者は攻撃を止めない。まるで止まったらそこで終わりだと言わんばかりに。

沖田君が前もって言った通りだった。奴の攻撃力も防御力も、これまでの連中とは全く桁が違う。到底俺たちのかなう相手ではない。しかし、そんな奴に対して沖田君は全く互角の勝負を――否。

「大輔さん、沖田さんの表情が……」

俺も気付いた。彼の表情から、それまで浮かべていた余裕が完全に消えている。

…………。

勝負開始から1分。

互角のように見えたが、どうやら“亡者”の方が沖田君より、攻撃・防御ともほんのわずかに上だったようだ。もちろん逆転不可能では全くない、ほんのわずかな差ではあるが、勝負が長引くに連れてその差が徐々に蓄積されていくかのように、沖田君の方が段々と押され始めてきている。

――そう俺が認識した直後だった。

「グアアッ!!」

沖田君の攻撃にわずかに間が空いた瞬間、“亡者”からこん身の回し蹴りをまともに食らった彼の体が、後方――つまり、こちらの方へ一直線に吹っ飛ばされてきた。

「きゃあ!」

悲鳴を上げる由宇子を全身でガードし、俺は彼との衝突に備える。しかし、その俺の前にもう一人の小さい姿が――。

「昇一さんっ!」

天宮君は両手を広げ、1歩も動かない。まさか、彼を真っ正面から受け止めるつもりか!?

――その、まさかだった。

今、沖田君は相当なスピードで、こちらに跳ね飛ばされたはずだ。しかし天宮君は、自分より遥かにガタイのでかい彼をあっさりとキャッチしてしまった。

ただの人間では――いや、人間でないことは最初から分かっていたが、それにしても……。

「……っと、悪い、ミリィ」

そして沖田君も彼女の方へ振り返ると、まるで先ほどの攻撃が効いてないよと言わんばかりに、むしろ笑顔を浮かべて彼女に礼を言った。

「昇一さん、そろそろ本気を出した方が」

「ああ。オレもそのつもりだ」

――おい。この二人、今何と言った?

「さてと……」

俺に降って湧いた疑問をよそに、沖田君はやおら立ち上がると、先ほどから勝ち誇るように踏ん反り返っている“銀色の亡者”の前に再び進み出た。

そして、相手を威嚇するように右手で指差すと、彼は「悪の親玉」の如く、こんな口上を“亡者”にぶつけた。

「てめーも大いに喜ぶがいい。このオレを本気にさせた奴は、『金色の亡者』以来だってことをな!」

「金色の亡者」――俺たちが聞いたことのないその言葉を、奴は知っていたのだろうか。今、一瞬“亡者”の“体”がたじろいだのが俺にも見えた。

そして、微動だにしない沖田君の体の中で、ある変化が起こる。

――それは、彼の内に秘められた、三つの力。

程度の差こそあれ、人間なら誰もが持ち合わせる「霊力」。

どこから手に入れたか知らないが、本来は悪魔の力である「魔力」。

そして、天宮君にも存在する「正体不明の力」。

「三つの力」が彼の中で渦を巻き、混ざり合っていく。

それに反応するかのように、屋内なのにつむじ風が発生し、彼の体を包み込む。

つむじ風の強さが急激に増し加わり、廊下全体をほこりが舞う。強すぎる風とほこりで、俺と由宇子は目を開けていられない。

――そして、風がピタリとやむ。

再び、俺は沖田君を見やる。

外見上は全く変わらない。しかし、彼を取り巻く強いオーラと、彼の体から漏れ出る力は、先ほどとは次元が全く違う。これが「本気」だというのなら、今までは一体何だったのか?と言いたくなる。向こうにすれば、対戦相手が幼稚園児からいきなり世界ヘビー級チャンピオンにバトンタッチされたようなもんだろう。

現に“亡者”は、さっきの余裕丸出しの態度とは打って変わり、完全に逃げ腰状態だ。

「……待たせたな。それじゃ、さっさと決着を付けさせてもらうぜ!」

真の力を覚醒させた沖田君がそう言った直後、“亡者”との距離を一気に詰めた。余りに速すぎて、由宇子の目にはテレポーションにしか見えないだろう。

オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!

マシンガンのような沖田君の連続パンチに、“亡者”は防戦一方。というか、あの攻撃を半分もガードできるなんて信じられない。

しかし、そうやって対抗できたのも、ほんの十数秒だけ。やがて“亡者”は何の反撃も出来ないまま、ロープを背にするボクサーの如く“歪み”のすぐ前まで追い詰められた。

食らいやがれ!!

そして、“歪み”の向こう側に見える闇の奥底まで相手を叩き落さんと、沖田君はこん身の右ストレートを放った!

その時だった。

「……えっ?」

何が起こったのか分からず、由宇子が声を漏らす。誰もが決まったと思った瞬間、“亡者”は我々の前からふっと姿を消したのだから。

受けた攻撃の余りの威力に、文字通り消し飛んでしまったか――そう思った矢先だった。

「――大輔さん、上!」

由宇子がそう叫んで、天井方向を指差す。それに釣られて、俺も真上を見上げる。

そこにいたのは、沖田君のパンチを寸前で跳び上がってかわし、そのまま瞬時に俺たちの真上に移動してきた“銀色の亡者”。

その“亡者”が――俺たちの目の前で、花火のように四方に飛び散った!

「嘘っ!」

由宇子が叫ぶ。

沖田君の追撃があったわけではない。

元々“銀色の亡者”は、この病院に巣食っていた幽霊たちが融合し、一つになった姿。

そいつが元の幽霊軍団に戻り、俺たちの前後に向かって散っただけのことだ。

それだけのことなのだが……。

気が付けば、俺・由宇子・天宮君の3人は、50体を超える幽霊の集団に完全に取り囲まれていた。

余りに瞬時の出来事だったため、俺や由宇子には何か行動を起こす暇すらなかった。

沖田君は、幽霊軍団の向こう側に一人ポツンと置かれてしまっている。

そして――幽霊軍団は一斉に俺たち3人に襲いかかった!

これでは反撃のしようがない。俺と由宇子は覚悟を決め……。

今だ、ミリィ!!

俺たちの耳に、沖田君の大声が聞こえた。その直後!

神聖閃光(ホーリーフラッシュ)!!」

フロア全体は、真っ白な光に包まれた。

反射的に目を塞ぐ、俺と由宇子。

フロア全体にこだまする、幽霊たちの断末魔の悲鳴。

数秒ののち、やっと光が収まる。

そして目を上げた俺たちが見たものは――。

真っ白な羽を広げ、無言で宙に浮かぶ天宮君の姿だった。

「天使……?」

思わずつぶやく由宇子。そして、ようやく俺は気が付いた。

彼女の内に満ちあふれている、どこか神々しささえ感じられた「力」の正体を。

気が付けば、幽霊たちは完全に消滅していた。“歪み”の前で、沖田君に首根っこを掴まれ、子猫のようにじたばたしている1体を除いて。

さっきの大技を食らっても消滅を免れたことから考えて、どうやらあれが“銀色の亡者”の正体なのだろう。もっとも既に銀色ではなく、ただの赤いもやにしか見えないのだが。

「降りていいぞ、ミリィ」

沖田君は天宮君にそう呼びかけ、幽霊を掴んだまま俺たちのところに歩み寄ってきた。

「はい」

雨宮君は廊下に静かに着地した。広げていた羽が瞬時に消える。

「2階で言ったろ? 今更、宇宙人ぐらいじゃ驚かねーって。何しろこっちは、天使に悪魔に死神とも付き合ってるからな」

沖田君は近付きながら、俺たちに向かってそう語りかけた。――なるほど、そういう事か。

掴んでいる幽霊を見やりながら、沖田君は余裕の表情で俺たちに説明を始めた。

「まず単体で様子見。それで無理なら、集団で波状攻撃。駄目なら一旦引いて、大将対決にいざなう。でもそれは罠で、実はその隙に子分が取り囲んでタコ殴り。ワンパターンなんだよ、亡者の攻撃って奴は。

だから、最後に取り囲んだところをミリィが大技を食らわせば、相手は油断している上に、数ばかり多くて力は元に戻ってるから、あっさりと一掃できる。

つまり、こいつは俺たちを必勝パターンにはめたつもりが、実は俺たちの必勝パターンに見事にはまっていたってわけだ」

つまり、彼は始めから相手の行動を全て見切っていたことになる。

便利屋として、たまに除霊の真似事をする程度の俺たちとは違い、彼らは相当に場数を踏んでいるようだ。

次いで沖田君は、天宮君に語りかける。

「こいつはオレが霊界までしょっ引いていく。その間にミリィは、この綻びを塞いでおいてくれ」

「えっ、でも塞いじゃったら、昇一さんが――」

「だから、人一人分だけ開けとけばいいだろ」

「ああ、そうですね」

そして沖田君は亡者の首根っこを掴んだまま、歪み――彼の言うところの“綻び”をくぐって、向こう側の闇の中へと消えていった。

それを確認すると、天宮君は“綻び”に向かって両手をかざした。彼女の手から放出される“気”を受けて、“綻び”が見る見るうちに小さくしぼんでいく。

そして先ほどの会話の通り、完全に“綻び”が塞がる1歩手前で修復を止めた。

「……言いたくないけど、大輔さんの修復とはレベルが全然違うね」

由宇子の言う通りだ。お札の力に頼る俺と比較すること自体、彼女に対して失礼だろう。

…………。

数分後、すっかり小さくなった“綻び”から沖田君が抜け出てきた。

「奴はオッサンに渡してきた。あとは、これを塞げば全て解決だ」

「そうですね」

そう答えて、天宮君が“綻び”に向けて手を伸ばした時だった。

「……おっと」

突然、沖田君が学ランの裏地に手を突っ込んだ。

取り出したのは、携帯電話。どうやら、どこからか着信があったようだ。

「自宅か」

彼は液晶表示を確認してから、着信ボタンを押した。携帯が「ピッ!」と鳴る。

「もしもし。……ああ、翔子か。

……そうか。……まあ、しょうがねーよ。いつものこった。……おお。わざわざありがとな」

それだけやり取りを交わすと、彼は電話を切った。

「翔子さんですか?」

「綻び」の修復を済ませた天宮君が駆け寄り、彼に聞く。

「ああ。こないだ、求人先で面接があったろ? その返事が家に来たってよ。

……まあ、結果は例によって例の如く、だけどな」

「また不採用ですか」
彼女は、そう言って肩を落とした。
「これで何社目なんでしょうか?」

「そんなの、いちいち数えてねーよ。向こうだって、前科者を雇いたくはねーだろうし。

まあ、食うに困ってるわけじゃなし、地道に応募を続けるしかねーよな」

――ちょっと待て。つまり、それって……。

「ねえ、沖田さ――」

そう呼びかける由宇子の前に回り、右手で押しとどめた。

いくら寡黙とはいえ、これだけは所長たる俺が責任を持って言わなければならない事だ。そう決意して、俺は沖田君にこう言った。

「君さえ良かったら、うちで働いてみる気はないか?」

――完――


あとがき

大変お待たせ致しました。昇一就職物語『拝み屋vs便利屋』、やっと完結です。

前回言いましたよね。この話で一番言いたかったのは、依頼解決後の事だって。

中編で伏線を張っておきながら結局書けませんでしたが、実は昇一は、HELPSと一度関わっています。

昇一が出所して数カ月後、ある政治家の息子――実は翔子をひき殺した犯人であり、あの「金色の亡者」の正体――が、「沖田昇一の素行調査」をHELPSに依頼します。ちなみにプロの興信所に頼まなかったのは、自分が動いていることが悟られるのを極力避けるため。

「透明人間」徹が1カ月にわたって調査した結果は、「粗暴だが実害なし。特に依頼人に危害を加えようとする様子は全く見られない」。依頼人は取りあえず調査結果を受け入れるが、その後も彼は「沖田昇一」の影におびえ続け――あとは『てんあく』本編でご存知の通り。

まあ、それから1年近くたっているわけで、大輔が思い出せなかったのも当然なのですが。

なお、前編あとがきでも触れましたが、『すぷわで』世界では「霊界での10日間」が原作とは若干異なります。

まず、ミリィは8日目の亡者襲撃に呼応して正天使にクラスチェンジ。

9日目、「どうせ私が最後に契約解除しますから」とのミリィのアドバイスを受け、昇一はメルティと契約。これによりメルティが正悪魔にクラスチェンジし、亡者軍団を撃破。しかしその過程で、千薙の仮面が割れ正体が発覚。千薙=翔子ともHします。

そして最終日。亡者軍団を軽く一掃し、残るは「金色の亡者」ただ1体。ところが、正天使ミリィと正悪魔メルティ、そして翔子の3人が一斉攻撃をかけるも、「亡者」に全く歯が立たない。思わず昇一がバットで「亡者」に襲いかかり――正体を見破る。そして昇一の中の「神力・魔力・霊力」が昇一の怒りによって融合。魔王クラスにまで力が昇華した昇一が、ついに「亡者」を倒します。

余りに強くなりすぎたため、昇一の現世復帰棚上げを検討し始めた霊界。しかし「霊界が正義を捨てるのか」と強硬に反対したのが、翔子の上司である「死神」(正式には「護霊官」。死者の魂を亡者から守り、霊界まで無事送り届けるのが本来の仕事)の総元締め・護霊庁長官。結果、昇一がミリィ・メルティの現世における「身元引受人」となり、かつ翔子を二人の「監視官」という名目で現世に派遣することを条件に、昇一の現世復帰が正式に決定します。

――当然「銀色の亡者」もこの話は知っていました。しかし、目の前の昇一がその当事者だったことまでは知らなかったようで……。

[2007-04-09] 文章を一部修正しました。


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