「どうしてこんなことになったのか、説明してもらおうかな」
オレは、依頼主の男に対して背後から詰問した。
「しょ、昇一さん、ここは落ち着いて――」
隣にいるミリィがオロオロしているようだが、ここは無視する。
「いや、その……ちょっとした手違いといいますか、行き違いといいますか」
依頼主は振り返り、ただ冷や汗を垂らしながら弁解を繰り返すのみ。
そんな依頼人に対して、俺はこう言って「はあ」とため息をつくしかなかった。
「晩飯の出前を二人が勝手に注文してかぶったって話はよく聞くが、どうして病院の人間二人が、それぞれ別々に拝み屋を呼んでくるんだ? それも同じ日時に」
Suplemento de «Working Days», n-ro 2
2002年11月。
オレ――沖田 昇一(おきた しょういち)――が、あの「霊界での10日間」を経て現世に帰還してから、もう半年になる。
更に付け加えると、オレが帰還してすぐ、メルティとミリィ、更には翔子(しょうこ)までがオレを追って現世にやって来た。今では、それぞれ「阿久沢 瑪瑠(あくざわ める)」、「天宮 美梨(あめみや みり)」、「冥田 千薙(くらた ちなぎ)」として、オレと4人一緒に駅前のマンションで暮らしている。翔子まで偽名を名乗る理由は、大体察しが付くだろう。「沖田翔子」が現世にいてはまずいからだ。
そして、相変わらず就職の当てのないオレは、未だにミリィと「拝み屋」稼業を続けていた。
3日前、とある大病院の内科部長を名乗る男から、旧病棟に棲み付いている幽霊を退治して欲しいという依頼がオレの元に来た。
何でも、病院自体は既に別地の新病棟に移転したため、用済みになった旧病棟を解体して更地にし、不動産屋に売却する予定だったらしい。
ところが、その解体工事の準備作業のために旧病棟に入った連中は皆、幽霊の団体さんに襲われて追い出されるか、原因不明の高熱で寝込んでしまうか……そんなこんなで、未だに工事に入れないとのこと。
そこで、「拝み屋」のオレたちにお呼びがかかったという訳だ。
そして今日、午前10時過ぎ。
予定通り、近所の喫茶店で依頼人と落ち合い、そこから依頼人の案内で現場にやって来たミリィとオレを迎えたのは、病院名を記した化粧版を外しただけの旧病棟と……反対方向から既にやって来ていた男二人と女一人だった。
一人は、40代に見える、白衣に身を包んだ優男。
その隣には、安物のジャンパーにジーパンというえらくラフな格好をした、まるでのっぺらぼうに目・鼻・口だけを付けたような、それぐらい無表情の大男。
そして、白のセーターを着、黒のアタッシェケースを大事そうに両手で抱えた、妙な形の黒帽子をかぶった女の子だ。
「内科部長じゃないか。こんな所に何しに来た」
近付いてきたオレたちに驚いた白衣の男が、やはり白衣を着たオレたちの依頼主に問いただした。
「それはこっちの台詞だ。何で外科部長のお前が、こんな所に来てる。というか、そいつら何者だ?」
依頼主は問い返していたが、オレには大男と女の子の正体が、何となく分かった。
服で隠れていて見えないが、恐らく体に直接、護符でも貼り付けているのだろう。二人の体の中心からは、かなりの霊力が放出されている。
そして、その強い霊力は、自らを亡者の攻撃から守るバリアになっていた。
つまり、こいつらは――。
「院長から『誰か、腕のいい退魔師に心当たりないか?』って頼まれてな。俺が以前からひいきにしていた便利屋を連れてきた」
――「便利屋」だと?
「俺だって、『お前に任せるから、おはらい師でも何でも呼んできてくれ』って、副院長から」
「ああ、もういい」
と、オレは自分の依頼主の肩を背後からポンポンと叩き、こう続けた。いかにもな作り笑いを浮かべて。
「病院内の派閥抗争には興味はないんだ。それよりも――どうしてこんなことになったのか、説明してもらおうかな」
*
便利屋『HELPS』を開業して以来、俺――船島 大輔(ふなじま だいすけ)――の元には、ありとあらゆる依頼が舞い込む。
そして、一たび引き受けた依頼は何があろうとやり遂げる。それが、俺の誇りだった。
しかし、今回ばかりは現場に着いた途端、即行で回れ右したくなった。
それぐらい、今回の仕事はヤバいと、肌で感じる。命に関わるような仕事は、これまでにも幾度となく経験してきたが、さすがに今回は本気でヤバい。
それだけに、あとからこの現場にやって来た3人組が、俺たちと同様、ここの幽霊退治のためにやって来た除霊師とその依頼人だと分かった時は、「助かった」という思いと、「もうあとには引けない」という思いが、俺の中で交錯した。
そして、それは俺の隣に立ち、俺の心の動きを無言で受け止めている由宇子(ゆうこ)も同じだった。
「そ、そうだ。大体、おはらいに便利屋を呼んできてどうするんだ」
さっきまで自分が連れてきた、えらくガタイのいい学ランの男にペコペコと頭を下げていた白衣の男が、再び俺たちの依頼主に食ってかかってきた。
「お前知らんな。便利屋『HELPS』っていったら、この界隈じゃ有名だぞ。おはらいもあちこちで成功させている」
「所詮はセミプロだろうが。こっちはおはらいの専門家を呼んできた」
「どこがだよ。どう見たって、学生のカップルじゃねえか」
「若いが実績は確かだ。そして、何より依頼料が安い」
「結局カネかよ!」
「お互い様だろうが!」
「大輔さん、ちょっと」
内科部長と外科部長の言い争いはまだ続いているが、その脇で、俺の隣にいる由宇子が小声で俺を呼んだ。
どうした、由宇子?――と、俺は心の中で由宇子に語りかける。
「ここの幽霊って、そんなにヤバイの?」
そうか。やはり気になるか。
「当然だよ」
所詮は幽霊だ。1対1なら充分に俺たちで対処できる。ただ、数が半端じゃない。
「数が?」
もう少し近くに寄って見ないと断言は出来ないが、恐らくは100を超える。それぐらい、あの病棟からは霊気がぷんぷんしてる。
「……私、帰りたい」
俺もそう思った。俺たち二人じゃ、とてもじゃないが話にならん。
しかし、あの二人と合同で取り組めば、何とかなるかも知れん。
「あの学ランと女の子? とてもそうは見えないけど」
見かけに騙されるな。確かに二人とも若いが、力は本物だ。
「……どういうこと?」
まず学ランの方。今は無駄に消費しないように自分の力を抑えているようだが、それでも彼の体から湧き出してくる霊力は、今俺たちが着けている護符のそれを確実に上回っている。加えて、彼からは霊力以外にも別の二つの力を感じる。一つはよく分からないが、もう一つは俺にも見覚えがある。明らかに魔力だ。
「魔力って、まさか悪魔……!」
いや、悪魔は霊力を持たん。間違いなく人間だ。しかし、ただ霊力が強いだけの人間じゃないのは確かだ。
それより、分からんのは銀髪の女の子の方だ。彼女は……人間じゃないな。
「えっ?」
人間なら、多かれ少なかれ霊力を持っている。しかし、彼女からは霊力を全く感じない。
しかし、俺の知らない力――彼からも感じられたが、彼女からはその力がみなぎっている。というより、彼女はその力の塊と言った方が正解だ。
「それって、何か怖いね」
そのはずなんだが、どういう訳か、彼女の力からはそういう「恐怖」とか「恐れ」というものをまるで感じない。むしろ「安心」や「守り」、あるいは「神々しさ」か。そういうものをイメージできる力だ。
「……よく分かんないけど」
俺にも分からん。あんな力は生まれてこの方、初めて見た。
――などと、俺と由宇子がテレパシー会話をしていた時だった。
「おーい。いつまで口喧嘩続ける気だ」
言い争いを呆れたように眺めていた学ラン男が、そう言って二人を止めた。
「す、済みません。ですが……」
向き直って、またまた平謝りする相手方の依頼人を前に、学ランは続けた。
「既にバッティングしちまったもん、今更四の五の言ったってしゃーあんめ。
幸い、病棟は二つあるんだ。ここは一つ、お互い半分こってことで手ぇ打たねーか?」
確かに彼の言う通り、目の前の旧病棟は二棟あり、向こう側の端同士が渡り廊下で繋がっていた。
「そのー、しかし、それでは依頼料が――」
「別に半分で構わんぞ。どうせ、こっちは金儲けのために拝み屋やってんじゃねーんだ。それに――」
そういうと彼は、俺たちの方へ体を向け、にやりとした表情を一瞬見せてこう言った。
「あんたらも分かってんだろ? 二人だけで始末するには、ここの亡者どもは数が多すぎる」
――案の定、彼も最初から気付いていたようだ。
*
オレたち4人は、旧病棟の敷地の真ん中、南棟の真ん中にあるかつての正門の前まで移動してきた。そして、後ろから付いてきた白衣二人に、外から両棟を見渡して気が付いた事をはっきりと告げた。
「やっぱりな。こっち側の南棟だけで、ざっと四、五十体。そっちの北棟も同じくらいいる。南北併せて、100体は下らねえ」
黒帽子の女の子も、白衣たちに大男の言葉を伝える。
「君たちは霊力が強くなくて幸いだった。これだけ大量の幽霊が建物内を徘徊していると知っていたら、とても仕事にならなかっただろう――だそうです」
でも、何で大男が直接話をしないんだ? 謎だ。
「そ、それって……マジですか?」
内科部長が改めてオレたちに聞く。直立しているが、体の震えは隠せない。
「信じる信じないは勝手だが、現に工事の人間が亡者どもに襲われてんだろ? あと、全く見ず知らずの二組が揃って同じ見解だということも強調しておく」
続いて黒帽子も、
「依頼料は既に決まっています。いたずらに恐怖感をあおって依頼料を吊り上げるなどというひきょうな手を使う意思など、毛頭ありません」
「し、失礼しました……」
外科部長の方が、ペコペコと頭を下げる。
「まあいい。それはそうと」
オレは、白衣二人の前に1歩近付き、こう尋ねた。
「単刀直入に聞く。お前ら、この病棟で患者を何人殺してきた?」
すると、内科部長が首をブンブン横に振りながら、
「め、滅相もない! そ、そりゃ病院ですから、病死や老衰による自然死とか、元々重体で治療の甲斐なく、なんて事は珍しくありませんが、少なくともこの病棟の時代、いわゆる医療ミスで患者を死なせてしまったことは、ただの一度も――」
「だろうな。ここの亡者どもが全員医療ミスの被害者だったら、この病院はとっくに潰れている」
「えっ……?」
「別に病院を恨んで、ここに棲み付いたとは限らねーってこった。
例えば、順風満帆な人生を送っていた奴が、突然の交通事故であっと言う間にあの世行き。そんな奴は、この世に未練があって当然だろ? そんな奴が、たまたまこの病院に担ぎ込まれたとしたら――」
そして、ミリィが台詞を繋いだ。
「そういう人が一人いれば、充分なんです。
わたしの友人が言ってました。亡者というのは、恨みつらみを抱えて強くなった仲間の元へどんどん寄っていくものらしいんです。最初は一人でも、時がたつと共にいつの間にか仲間が増え、このような大所帯になったとしても、不思議ではありません」
ちなみに、ミリィのいう「わたしの友人」とはもちろん、元死神の翔子のことだ。
更に、黒帽子が大男の台詞を代弁した。
「俺もそういう話を聞いたことがある――だって」
…………。
オレたちは、互いの依頼主二人にこの場から離れるように言った。亡者の巣にこれ以上一般人を近付けておくのは、さすがに危険すぎる。
白衣二人がオレたちを遠くから眺めているのを確認した上で、オレは改めて便利屋コンビに聞いた。
「さて、お前らはこの依頼、どうするつもりだ? オレとしては、ここはお前らに任せて、黙って身を引いてもいいんだが」
代表して、黒帽子が答えた。
「正直に言います。私たち二人では、これだけの幽霊を相手にするのは不可能です。何でしたら、ここはあなた方に任せて、私たちの方が引いても――」
「無茶言うな。オレだって、ミリィと二人だけで、こんな亡者の大軍勢を相手にしたくねー」
「ということは……」
答えなど、初めっから決まっていた。元より、他に選択肢はない。
「……決まったな。オレたちは南棟担当、お前らは北棟担当。それでいいか?」
黒帽子が大男の方へ振り向くと、大男は無言で大きくうなずいた。黒帽子が補足して言う。
「異議なし――だって」
こうして話がまとまり、互いにそれぞれの持ち場に向かおうとした時だった。
「あっ、昇一さん、待って下さい!」
「ん? どうした、ミリィ」
「考えてみれば、わたしたち、まだお互いに自己紹介をしてなかったんじゃないでしょうか?」
「あれっ、そうだったか?」
「…………」
「はは……そういえば、そうでしたね」
言われてみれば、確かにその通り。まるで旧知の間柄であるかのように語り合っていたため、そのことをすっかり忘れていた。
「オレは沖田昇一。訳あって、“拝み屋”と称して亡者退治をしている。といっても、“拝み屋”始めてまだ3カ月だけどな」
「天宮美梨です。昇一さんの仕事のお手伝いをさせて頂いています」
「こちらは便利屋『HELPS』所長の船島大輔。私は妻の由宇子です。一応副所長」
「ちょっと待て。あんたら夫婦だったのか!?」
てっきり仲のいい兄妹か、さもなきゃ恋人同士かと思った。全然所帯染みてないもんな。
「私、これでも1児の母だよ。確かに子供っぽいって言われるけど」
「いや、違う違う。これって褒め言葉だから。そんだけ若いってこと」
「ありがと。で、沖田さんと天宮さんとのご関係は?」
「夫婦です」
と、キッパリと言い切るミリィ――って、おい!
「違ーう! まだ結婚してねー」
「ふーん、『まだ』なんだ」
「あ……」
黒帽子――由宇子さんに突っ込まれてしまった。
「いいじゃないですか。どうせ、もう夫婦みたいなもんですし」
「ま、まあな……」
――かくして、オレたちと船島さん夫妻、引いては便利屋『HELPS』との関係は、何とも唐突な形で始まることとなった。
――中編へ続く――
えー……(汗)。
前回、『すぷわで』は1話完結が原則――と言ったばかりなのに、2話目にして早速公約を破ってしまいました(ちなみに、この話は全3編の予定)。
さて、今回の話について、ちょっとばかり補足を。
まずは『てんあく』、つまり昇一たち。
一見すると『全員エンド』後のようですが、そうではありません。実はゲーム本編のどのルートにも該当しない、全くの独自ルートを通っています。
この辺りを説明すると、それだけでSSが1本書けてしまうので(まあ、いずれ書きたいとは思っていますが)、現時点では、取りあえず『メルティ 現世エンド』、『ミリィ 現世エンド』、『翔子 現世エンド』、そして『全員エンド』が同時に起こったと思って下さい。
そのため、実は昇一は……と、これは後編で触れることにしましょう。
一方、『わーきんぐDAYS』。特に大輔・由宇子。
こちらはゲーム本編通りの全組ハッピーエンド後です。大輔と由宇子は正式に結婚し、それから2カ月後に良子を無事出産しました。
この話の時点では、良子は生後11カ月。由宇子が仕事で外に出ている間は、HELPSの女性陣が交代で良子のお守りをしているので、その点についてはご心配なく。
[2005-11-23] 昇一の台詞を1カ所修正しました。口癖の「しゃーあんめ」。
[2007-04-09] 文章を一部修正しました。