「――マルチ」
「えっ!?」
オレはマルチの細い体を、背中からぎゅっと強く抱き締めた。
「……もう少し、……もう少しだけ、オレと一緒にいようぜ」
「……ひ、浩之さん」
「これがもう最後なんて、唐突すぎて、全然実感がわかねーぜ。このままだったら、オレ、多分、物凄く後悔すると思う」
「…………」
「……ずっと一緒にって、……本当はそう言いたいところだけど、そいつはムリな注文だって解ってる。だから、もう少し、もう少しだけでいい。時間を延ばせねーか?」
オレは抱き締めた腕に、さらに力を加えた。
土壇場でこんなことを言い出して、マルチを困らせてしまうのは解っていた。
だけど、このままだなんて、余りに切なすぎる。
「頼む……」
オレはマルチの頭を抱いた。
「……あっ」
「たとえ、マルチを困らせようと、それでのちのち面倒な事が起こるとしても、構やしない。少しでも一緒にいられるんなら、オレはそっちを選ぶぞ」
ぎゅ……。
「……ひ、浩之さん」
「マルチ……」
ガチャ。
その時、突然ドアが開き、外の男がオレ達に告げた。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
…………。
やっぱり無理かな……。観覧車にこのままもう1周なんて。
オレが、女子更衣室の内部という刺激的光景に気を取られていた時だった。
「Freeze!」
突然、背後からそんな大声を聞いたかと思うや否や、1本の弓矢がオレの足元を襲った。
びっくりして、振り返ると――弓道着姿のレミィが弓を構え、オレを狙っていた。
「レ、レミィ!……オ、オレだ、浩之だ!」
しかしレミィは、
「女の敵……フッフッフ……覚悟は出来てるわね」
駄目だ……。レミィの奴、完全にイっちまってる。
今のレミィには、オレの姿は獲物としか認識できていないようだ。
マジかよ……。あんなもんが当たったら、オレ、死んじまうぞ!
「大人しくしてるのヨ……」
じりじりと迫るレミィ。気が付くと、オレとレミィとの距離は10メートルを切っていた。
このままオレは、“矢ガモ”ならぬ“矢人間”に……って、その前に死んでしまうわ!
――えっ、矢ガモ!?
その時、オレはこの前、初めて弓道着姿のレミィと話した時のレミィの台詞を思い出した。
『ぜーんぜんダメね。どこに飛ぶか判らないの』
そ、そうだよ……。
レミィは、構えは綺麗だけど、全然 的(まと)に当たらないって言ってたじゃないか。
それに気付いた時、さっきまでブルブル震えていたオレの脚が、不思議と元に戻った。
しめた!
オレは左に向きを変え、懸命にダッシュを駆けた。
しかし――。
「ヒュン!」と弓から放たれた1本の矢は、まさに狙い済ましたかのように、オレの心臓を見事に捕らえていた。
意識が遠のく中で、ハンターモード・レミィの勝ち誇るような言葉が聞こえる。
「フッフッフッ……ワタシ、動く的なら百発百中ネ」
レミィ……それは、PS版の設定だろ……。
――ガクッ。
外は雨。
オレは、今晩泊まることになった委員長をベッドに寝かせ、オレは下に布団を敷いて、そこで横になった。
「……藤田くん」
いつもと違う、委員長の声。
「……ん?」
「なあ……こっち来うへん?」
「……委員長」
委員長はクスッと笑って、
「言うとくけど、これはPS版ストーリーやから、キスまでやで」
「分かってるよ」
「じゃあ、藤田くん――」
委員長はベッドから起き上がると、オレの右手を見つめて言った。
「――その手にあるロープは何や?」
ゴールデンウィークも修学旅行もあっという間に過ぎ、また今日から、普段通りの授業が始まる。
本来なら憂うつな気分になりそうなもんだが、久しぶりに愛する琴音ちゃんに会えることを想えば、多少は気分も軽やかになろうというものである。
琴音ちゃんを“不幸の予知能力”から解放した、あの屋上での出来事。
今想えば、なぜあそこまで大胆な行動が取れたのか、オレ自身も分からないが、やはり、琴音ちゃんを助けたい、琴音ちゃんを自らの笑顔で満たしてあげたいという想いが、それだけ強かったということなのだろう。
休み時間、オレは階段の踊り場で、琴音ちゃんの後ろ姿を見かけた。
「よっ、琴音ちゃん」
オレは明るく、彼女に呼びかけた。琴音ちゃんは振り返り、満面の笑みでオレを迎えてくれる――はずだったのだが。
「藤田さん……」
彼女の、今までの陰のある表情は変わっていなかった。
「琴音ちゃん……どこが具合でも悪いの?」
「それが……」
何か言いかけた途端、突然、琴音ちゃんが頭を抱え、その場にうずくまってしまった。
「琴音ちゃん!」
「駄目! 藤田さん、わたしから離れて!」
琴音ちゃんが叫んだ、その時。
パリン!
踊り場の窓ガラスが割れ、粉々になった破片が踊り場を覆った。
「……また……やってしまいました」
「琴音ちゃん……まさか……」
「はい……予知はなくなったんですけど……時々、念動力が抑え切れなくなって……」
こうして、物語はPS版シナリオへと続く――って、なんでやねん!
志保「ヒロ、これってどういうことよ!」
浩之「何だよ、志保。そんなにギャーギャーわめかなくても、聞こえてるって」
志保「ギャーギャー言いたくもなるわよ。何なのよ、あのPS版のエンディング」
浩之「いいじゃねーか。オープンカーに乗って、颯爽と登場。どこが不満なんだ?」
志保「大いに不満よ! 一度はヒロをあかりに譲って遠くへ離れたはずが、結局は未練たらしくヒロを忘れられなくて、とどのつまりがアメリカでただのパパラッチなんて、こんなのあたしじゃないわよ!」
あかり「まあまあ、志保。そんなに興奮しないで」
志保「何よ、あかりまで。……ううっ、あの友情を貫いて自ら身を引いた、今や世界をまたにかける国際派フリージャーナリストの長岡志保はどこへ行ったのよーっ!」
浩之「知るかよ。現実的に考えたら、パパラッチの方が志保にはお似合いだ」
志保「キーーッ!……いいわよ。あたしには最終兵器があるんだから……」
浩之「何だよ、最終兵器って」
志保「簡単な事よ。要するにシナリオを強引にPC版に持っていけばいいのよ」
浩之「……はあっ?」
あかり「志保……それってまさか……」
志保「ふふふっ……さすがは あかり、よく気が付いたわねえ」
あかり「駄目ーっ! 浩之ちゃんはあたしの!」
志保「別にヒロを奪おうってんじゃないわよ。ただ、一晩ヒロを借りるだけだから」
浩之「一体何の話だ?」
志保「鈍いわねえ、あんた。あたしとヒロのHシーンに突入しちゃえば、嫌でもPC版になるじゃない」
浩之「……何でそうなる?」
志保「するの! この魅惑のナイスバディで」
浩之「だから、オレには あかりが――」
志保「いいじゃない。お礼にオープンカーあげるからさあっ♡」
浩之「そんなもん……って、おい! オレを車に引きずり込むなっ!」
志保「つべこべ言わない! というわけで、ラブホテルへレッツゴー!!」
一人残された あかり「あーーーん……志保の馬鹿ーーーっ!!(涙)」
――何のことはない。愛よりも友情を、友情よりも欲望を選んだ志保ちゃんなのであった。
夜の河川敷を歩く、オレと理緒ちゃん。
「ひどいですよね……。いくら隠れヒロインだからって、バトルッチ一つで体を許すほど、わたしは尻軽じゃありませんよ」
PC版シナリオに不満をぶつける理緒ちゃん。
「ははっ、そうカッカするなって」
「でも……やっぱり体を許すなら現金でないと」
「……は?」
「河原で野外プレイなんて燃えるわよぉ。でもって、通行人から見物料をガッポリ稼いで……。あっ、藤田君、協力してね♡」
「…………」
さすが理緒ちゃん。金のためなら手段は選ばず……。
「先輩……?」
「…………」
来栖川先輩はオレのそばに近寄ると、耳元でぽそぽそとささやいた。
「え? 儀式をしてもいいですか……って?」
こくん。
「儀式……って?」
「…………」
「えっ? 二人の愛が周りに祝福される、魔法の儀式?」
こくん。
「……うん。やろうぜ、儀式」
オレは言った。
ゆらめく炎。
そのほのかな明かりを映して輝く、金属の魔方陣。
二人はその中央に立ち、生まれたままの姿で抱き合う。
オレは先輩を貫く。
先輩から流れる血。
そして、先輩はオレの精を受け入れる。
時が満ち、先輩の懐に芽生える、愛の結晶。
この事実を前にして、二人の愛を否定できる者はいない。
……って、これのどこが魔法なんだ!?
(しかも、描写が18禁ギリギリだし……)
浩之「なあ、葵ちゃん」
葵「何ですか、センパイ?」
浩之「葵ちゃんって、PC版じゃ、練習も試合も制服だったよなあ。確か、着替える場所がないからって」
葵「えっ、ええ……まあ……」
浩之「それが、何でPS版じゃ体操服なんだ?」
葵「あっ、そ、そのー……やっぱり、制服のままじゃ……や、やっぱり、アレ、ですから……」
綾香「あら、私は浩之とのボクシング対決は制服でやったわよ。もちろんPS版」
葵「あっ、綾香さん……」
浩之「それに、体操服の方がかえってヤバくないか?」
葵「何がですか?」
浩之「いや、体の露出度が」
葵「……あ」
綾香「それに葵、エクストリームの試合は、制服スタイルでやるんだけど」
葵「えっ!? そうなんですか、綾香さん」
浩之「あ、綾香……それって、マジか!?」
綾香「当然じゃない。エクストリームは、いわば実戦格闘技なんだから、出来る限り普段着に近い格好でやるのがルールなの。それに――」
浩之「それに……何だ?」
綾香「その方が、視聴率も上がるでしょ?(笑)」
浩之〈……ひょっとして、エクストリームって、かなりヤバいイベントだったのか?〉
志保「ねえ、あかり……あの時、ヒロとシたの?」
あかり「(ゴチンっ!)……し、志保……急に何てことを」
志保「いいから答える!」
あかり「そ、それは……PC版では、浩之ちゃんと……」
志保「そっちじゃなくて、PS版の方」
あかり「志保、PS版でデキるわけないじゃない! だからあの日、あんな気まずいことに……」
志保「ふーん……それじゃ、PS版のラストシーンで、ヒロの口元が妙ににやけてたのは何だったのかなー?」
あかり「えっ? そ、そうだったっけ……」
志保「あたしはてっきり、あれはあかりとヒロが、実はプレイヤーに隠れてヤってましたってのが、うっかり顔に出ちゃったのかと――」
あかり「あ、あれは、屋上でのラストのあと――」
志保「あと……?(ニヤリ)」
あかり「……そ、その……私、あのあと……浩之ちゃんの家に……」
結局あかりは、あのラストシーンのあと、浩之の部屋で抱かれたことを、志保に白状させられてしまったそうな。
ちなみに、結局その日は浩之が立たず、「はじめて」は後日仕切り直しになったことも、お約束であった。
「――どうしたの、琴音ちゃん。元気ないじゃない」
「藤田さん……」
「頑張って念力のコントロールも出来るようになったし、浩之(子犬の方)も退
院したんだ。もう琴音ちゃんを苦しめるものは、何もないじゃないか」
「わたしもそう思ってました。でも……」
そんなことを話しながら、オレと琴音ちゃんが階段を下りようとした時だった。
「藤田さん、危ない!」
急に、琴音ちゃんがそう叫んだ。
「えっ、何が――」
そうオレが言いかけた途端、オレの右足のくるぶしが何かに掴まれたような感覚を覚え――気が付いたら、オレは階段を転がり落ちていた。
「わたし……また……」
「琴音ちゃん……これって、まさか……」
「分からないんです! 突然嫌な予感がして、そうしたら、それが本当になって……。わたし、念力を使ってるつもりなんてないのに……」
――振り出しに戻ってるじゃないかあっ!
人の姿もすっかりまばらになった、夜の遊園地。
その真ん中に、しっかりと抱き合う、オレとマルチがいた。
「マルチ……いいか?」
マルチが研究所に帰らなければならない時刻まで、あと1時間と少し。
それを過ぎれば、もうオレは、マルチと二度と会えない。
だから――オレは、マルチを抱きたかった。
オレがマルチを本当に愛していることの証しのために。
オレとマルチとの、確かな絆を得るために。
オレは、マルチを求めた。
「……はい」
マルチも同じ気持ちだったのだろう。
幼い顔を真っ赤にしながら、でもはっきりと、そう答えた。
ただ、マルチは続けて、
「でも……もう浩之さんの家に戻る、時間的余裕は……」
その通り。ついでに言うと、もうホテルを探している余裕もない。
「場所ならあるさ」
しかし、オレはにやりと笑顔を見せながら、ある所を指差した。
「……えっ!?」
「構うもんか。あれも立派な個室だ」
それだけ言うと、オレはマルチの手をしっかりと握り、目的地まで駆け出した。
ちなみに、目的地とは――昼間に乗った、あの大観覧車である。
「あ、あの……浩之さん!」
オレは、手早く二人分の切符を買うと、マルチを観覧車のゴンドラに半ば強引に押し込み、自らも乗り込んだ。
やがて、ドアは係員の手により、ガチャンと閉じられた。
こうなれば、ここはもう、オレとマルチの、二人だけの世界――。
…………。
そして観覧車が1周する間に、オレは前儀に始まり、2ラウンドを余裕で済ませた後……何と「ふきふき」まで こなしてしまった。
いやあ、ヤれば出来るもんだなあ(笑)。
「はうぅぅっ……浩之さん、早すぎますぅ~~~っ(>_<)」
――完――
おかしいなあ……(笑)。
PS版ToHeart全クリア記念として、「もしPC版ストーリーとPS版ストーリーがごちゃまぜになったら」という趣旨で書き始めたはずなのに、ただの下ネタ オンパレードになってしまった……。