「おめでとう、お兄ちゃん♪」
「やっと退院だね、昇一(しょういち)ちゃん♪」
「お疲れ様でした、昇一さん♪」
翔子(しょうこ)・メルティ・ミリィの3人を引き連れるようにして、オレは病院の玄関をくぐった。
美少女3人はそれぞれ、中を一杯に詰めたバッグを両手に提げている。その中身は、オレの入院中に必要になった着替えやら小物やらだ。
そして3人揃って、台詞に音符まで浮かべ、混じり気のない笑顔で、オレにお祝いの言葉をかけた。
でもなあ、お前ら。
確かにその気持ちは嬉しい。オレも、その気持ちはありがたく頂く。
しかしだ。
そのお前らが日々オレの病室に通い詰めてくれたお蔭で、この入院期間中、医者や看護師、それと、オレと相部屋になった ほかの入院患者から、オレがどんな目で見られてきたと思ってる!
Suplemento de «Working Days», n-ro 6
あの霊界での「運命の10日間」。
しかし、オレ――沖田 昇一(おきた しょういち)――はあのあと、すぐに現世、つまりこの世に帰ることが出来なかった。オレが強くなりすぎたことで、霊界内部がすったもんだ状態に陥ったのだ。
結局オレは霊界に三日も留め置かれたが、最終的に、「現世においても、天界・魔界・霊界がそれぞれ派遣する要員の監視下に置く」という条件をオレが呑み、やっとこさオレは現世に戻ることが出来た。
翔子の上司だったあのオッサンが、取り成してくれたお蔭である。
それから、2か月。
まあ、ほかにもいろいろと言いたい事はあるが、とにかくオレは今日、やっと体が元に戻り、こうして退院の運びとなった。
猛スピードの車にもろにぶつかり、その上、2週間も意識不明(外から見れば、そういうことになる)になるほどの重傷を負ったオレが、医者に言わせれば「たった2か月で」全快し、こうして退院。オレの「超絶的快復力」に、医者は本気であきれていた。
実はミリィがこっそり神力で少しずつ治療を施してくれたお蔭でもあるのだが、もちろん、そんなことを部外者に公言できるはずはない。オレは黙っておいた。
「で、オレたちが今向かってる家って、どこにあるんだ?」
オレの右脇にいる妹(知っての通り、正確には義理の、だが)の翔子に、オレは聞いた。
「ん? すぐそこだよ」
「だから、そこってどこだよ?」
すると、左横に並んで歩くメルティとミリィが答えた。
「だから、すぐ近くだって」
「はい。本当に、いい物件です」
今オレのそばを歩いている、死神・天使・悪魔の3人。
あの10日間ですっかりオレに惚れてしまった――事実なんだからしょうがねえ――こいつらは、オレを追うように、揃ってこの世界にやって来てしまった。
それも、「極秘裏に、あの世から派遣されてきた監視要員」としてである。
この3人と衣食住を共にすることが、オレの現世に居続ける条件だ。
で、そうなると、事故に遭う前までオレが一人で住んでいた安アパートの1室では、当然手狭になる。そのため、別の広い家にオレが引っ越し、そこで4人揃って暮らすことになったのだ。
ちなみに、そのための手続きやら、オレの荷物の搬入(といっても、ほんの少しだが)やらは、既に翔子が済ませてあり、あとはオレたちが実際に入居するのを待つばかりなのだそうだ。
しかし、現世では「死んだ人」であるはずの翔子が、一体どうやって事を進めたのか。これは、あとで聞いておく必要がありそうだ。
さて、病院を出て10分ほど歩き、前方に駅ビルが見えてきた。
この出井豆(でいず)駅は、この辺りでは一番のターミナル駅であり、その駅前はいくつものデパートや専門店が立ち並ぶ、大規模なショッピング街になっている。
その駅前の広場には、この街のマスコットキャラクターであるデボスズメのでかい像があり、渋谷のハチ公像よろしく、待ち合わせのための目印になっている。
そしてオレは、そのショッピング街に足を向けた。
すると、背後にいた翔子が、オレを呼び止めた。
「あっ、お兄ちゃん、そっちじゃないよ。こっちこっち!」
「えっ、電車に乗るんじゃねえのか?」
駅ビルは、このショッピング街を抜けた先にある。だから、そこへ向かってたんだが。
「だから言ったでしょ、すぐそこだって」
「そこって……」
すると翔子は、ショッピング街のすぐそばに建つ、レンガ色の集合住宅を指差した。ショッピング街の出入口にいたオレたちのいる場所から歩いて2,3分の距離にある建物だ。
それを見て、オレは――柄にもなく冷や汗をかいた。
「まさか、翔子、引っ越し先って……」
「うん。あれ」
「あれって、ブルーハイツ出井豆だよな?」
「ピンポーン♪ よく知ってるね、お兄ちゃん」
「ピンポーンじゃねえだろ。ありゃ、マンションじゃねえか!」
*
ブルーハイツ出井豆は、この駅前に確か4,5年ほど前に建った、まだ新しいマンションだ。
当然家賃もそれなりにするはず。少なくとも、オレが住んでいたアパートとは雲泥の差だ。
そのマンションの正門を、翔子を先頭にメルティとミリィが堂々とくぐっていった。オレは3人の後ろを、柄にもなくオドオドしながら付いていく。
玄関に入ると、そこには当然ながら管理人室がある。そこに常駐している管理人に、翔子たちは窓越しに軽くお辞儀をすると、そのまま何事もなく中へ入っていった。
「マジかよ……」
つぶやくオレに構わず、3人はオレより先にドアを通り過ぎていった。
そして、エレベーターに乗ったオレたち。2階で降り、少し廊下を歩いたところで、翔子たちは立ち止まる。
「ここだよ、昇一ちゃん」
メルティは振り返ると、そう言いながらオレに向かって、目の前にある部屋のネームプレートを指差した。

「おい、これって……」
オレがそう言葉を漏らすと、3人はそれを違う意味に捉えたのか、それぞれこう答えた。
「さすがに、現世でミリィは名乗れませんから。あ、ちなみにわたしが『天宮 美梨(あめみや みり)』です」
「あたしは『阿久沢 瑪瑠(あくざわ める)』ね」
「私は『冥田 千薙(くらた ちなぎ)』。やっぱり、『沖田 翔子』がいきなり甦っちゃったら、いろいろとまずいしね」
それぞれ誰の台詞かは、説明の必要はないだろう。しかしだ。
「そういうことを聞いてるんじゃねえ!」
「えっ、そうなの?」
不思議そうな顔で言うメルティに対し、オレは言ってやった。
「『婚姻自由化法』ぐらい、オレだって知ってる。でもな、こうも堂々と『男一人が女3人と同棲してます』なんて丸出しな表札を掲げたら、世間様はどう見ると思ってる!」
いくら一夫多妻が合法化されたといっても、本当に実践してる連中なんて極少数だし、当然世間の目も厳しい。オレだって、それぐらいの常識はある。
すると、ミリィがこう答えた。
「大丈夫ですよ。ほら、お隣さんだって」
「隣だと?」
オレは振り向き、ミリィが指し示す、右隣の部屋のプレートを見た。

「ひろみ、めぐみ、しおり……女3人が同居ってことだろ?」
オレがそう言うと、翔子がオレに教える。
「それは『ひろみ』じゃなくて『たくみ』さん。男の人だよ」
「ちょっと待て。何で翔子がそんなこと知って――」
オレは、そう言いかけた。その時だった。
「おんや~?」
いつの間にか、随分と小柄でボーイッシュな女の子が、オレたちのそばに立っていた。もちろん、オレは初対面だ。
「ん? 誰だ、てめえは」
すると彼女は、何かを確かめるように、オレと後ろの3人を交互にじろじろと見やってから――こんなことを口走った。
「ふーん……こりゃまたお兄さん、結構な趣味をお持ちで」
「どういう意味だ、こらっ!」
思わず相手に怒鳴り返すオレを、背後から翔子がいさめる。
「お兄ちゃん! 駄目だよ、お隣さんに向かって」
「……お隣さん?」
そう言って、オレが振り返ろうとした、その一方。
「こらっ、恵(けい)!」
相手の方も、その後ろに来ていた男に後頭部をペシンとはたかれていた。
「あーっ、拓(たく)兄ちゃんが殴ったーっ!」
「恵ちゃんが、失礼な事を言うからですよ」
そして、男の隣にいた女の子――こちらは典型的美少女――にまで、彼女は注意されていた。
*
「どうも済みません。早々に、うちの恵がとんだ失礼をしまして」
すらりとした体型の男が、右手で彼女の頭を下げさせるように押さえながら、自分もペコペコとオレたちに頭を下げた。
「いえ、どうぞお気になさらなずに」
ミリィもそう言って笑みを浮かべると、返すように頭を下げた。
「こちらの胡桃沢(くるみざわ)さんご一家とは、前にこの部屋に下見に行った時にも、お会いしてるんです」
翔子がオレに向かって、そう説明する。
「ああ、それでか」
そりゃ、知ってて当然だな。
「それでは改めまして。203号室の胡桃沢 拓海(たくみ)と言います。で、こいつは早河 恵(はやかわ けい)」
「初めまして。涼谷 詩織(すずみや しおり)です」
そう言って、美少女の方もペコリとお辞儀をした。
「あ、ああ……。沖田です」
オレも釣られるように、頭を下げた。
オレだって、こういう年上かつ礼儀正しい相手には、それなりの礼ってもんはわきまえている。まして相手とは、これからずっと近所付き合いすることになるわけだしな。
もっとも、オレがそれを本当に実行できるかどうかは、また別の話ではあるが。
「先日も、冥田さんから話は伺いました。このたびは、こちらへ皆さんと引っ越される直前に事故に遭われたとかで。もうお体は大丈夫なんでしょうか」
それを聞き、オレは相手に気付かれないように、こっそりと翔子に視線を送った。すると翔子は、オレに軽くうなづいて見せた。ああ、つまり、そういうことになっているわけか。
確認した上で、オレは相手に話を合わせることにする。
「ええ。この通り、元々力にだけは自信のある体なもんで」
そう言って、オレは右の拳で胸をポンポンと叩いてみせた。
すると、頭を押さえられていたさっきのボクキャラが、また余計な事を言う。
「うんうん、やっぱり体は大事だよね。毎晩3人が相手じゃ」
「こらっ!」
あーあー、また胡桃沢さんに、頭をわやくちゃにされてやんの。
「そうそう。昇一ちゃんったら、昼は獣だけど、夜はケダモノだから」
「どういう意味だ、メルティ!」
*
「それでは、お互い『婚姻自由化法』に救われた者同士、仲良くやりましょう」
「ああ、こちらこそ」
お辞儀し合う、胡桃沢さんとオレ。うーん、やっぱりこういうのは、オレの柄じゃねえな。
そして胡桃沢さんは女の子二人を連れて、自分の部屋である203号室へと入っていった。
「真面目そうな男じゃねえか。彼女二人持ちとは思えねえな」
オレとは大違いだ――と、オレが正直に彼のことを評価すると、メルティは言った。
「でも、恵ちゃん言ってたよ。アルコールが入ると、鬼畜に化けるんだって」
「……何を聞いてんだか、お前は。
しっかし、ガサツ女にお嬢様か。見事なまでに好対照だな」
ま、オレたちも人のことは言えないか。何しろ、天使と悪魔だし。
ところが、ここで翔子が意外な事を言った。
「でもお兄ちゃん、あの恵さんも、れっきとした『お嬢様』だよ」
「どこがだよ」
「このマンションのオーナー、恵さんのご両親なんだって」
「はあっ?」
そしてオレは、もう一度203号室の表札を見やった。そこには、「早河 恵」の名前が。「……おい、ひょっとして早河って、早河不動産か?」
「そうだよ」
その会社ならオレでも知ってる。不動産業界の超大手じゃねえか。
この時、突然隣のドアが開いた。半開きのドアの向こうからひょいと頭だけ出してきたのは、さっきのガサツ女。
「ピンポーン♪ 今後とも、早河不動産をよろしくーっ!」
「やめんか、恵!」
胡桃沢さんに叱られて、恵は胡桃沢さんに中に引っ張られていった。
オレたちがその様を呆然と眺めている中、隣室のドアは再びパタンと閉じられた。
――後編へ続く――
2年半も前に作成した表札、やっと使う時が来ました(笑)。
ちなみに後編は、「収入もないのに、どうしてマンション暮らしなんて」というお話です。だって、この時点では昇一はまだ無職だし。