「みさき、年賀状来てるわよ」
「はーい」
1階のリビングにいるお母さんから呼ばれた私――川名みさき――は、2階の自分の部屋を出て、階段を降りて行く。
目の見えない私は、自分宛ての葉書や手紙を自分で読むことが出来ない。そのため、いつもお母さんが私の目の前でそれを読んでくれる。
それは、年賀状でも同じこと。
何十通と来る私宛ての年賀状を、お母さんが1枚1枚読み上げていく。
ほとんどは、今行っている大学の同級生から。
「……これは深山雪見さんね。『謹賀新年。今年もいい年でありますように』」
あっ、雪ちゃんも出してくれたんだ。
でも、雪ちゃんみたいのは本当に例外。前の学校の頃から、今でも付き合いが続いている友達は結構いるのに、みんな変に遠慮してるのか、私に年賀状を出してくれる人はほとんどいない。
「……ペン書きの分は、これでおしまい。後は点字だから、みさき、自分で読みなさいね」
そう言って、お母さんは私に封筒の束を渡した。私は、
「はーい」
と言って受け取る。
恐らく、大学の点字サークルで知り合った友達からだろう。
「……あれ?」
ただ、その束の中に、大きさと手触りで、明らかに官製葉書と分かる紙が、1枚混じっていた。でも、その紙にはしっかりと点字が打ってある。
「みさきのいい人からよ」
そう言ったお母さんの優しい笑みが、私の頭に浮かんだ。
ミサキ センパイ
シンネン アケマシテ
オメデトー ゴザイマス。
ホンネンモ ドーゾ
ヨロシク オネガイシマス。
2001ネン ガンタン
オリハラ コーヘイ
やっぱり浩平君だった。
葉書の(多分)裏に、点字器を使って書いた。点字の年賀状。
……浩平君ったら、点字用紙に書いて開封の封書として出せば、郵便料金はタダなのに。これ、絶対にわざとだよね。
*
そういえば、浩平君、一昨年は年賀状を2通くれたよね。
元旦に来た1通目は、ごく普通にペンで書いた奴。
そして、後から来た2通目は、点字一覧表で1字1字確かめながら、爪楊枝の裏で一生懸命書いてくれた奴。
「あけまして」が1点打ち忘れて「あけさして」になってたり、点字独特の仮名遣いやら分かち書きとかもなかった(「おめでとう」だって、点字では長音符ってのを使って「おめでとー」なんだよ)けど、私、本当にうれしかったよ。
だって、そうまでして点字で手紙を出してくれた人って、浩平君が初めてだったから。
だから……去年は、本当に寂しかったよ。
何よりも欲しかった、浩平君からの年賀状。
点字でなくてもいい。ただ、浩平君から年賀状が来たという事実だけが、欲しかった。
でも、やっぱり来ることはなかった。
駄目もとで、私が浩平君に出した年賀状も、案の定、宛先不明で戻って来た。
それで、ああ、やっぱり浩平君はいないんだって、電話も手紙も届かない、どこか遠い遠い所へ行っちゃったんだって、改めて思い知らされた。
年賀状なんて所詮は虚礼――確かにそう思う。
だから、友達から年賀状が来なくても、別にそれを何とも思わなかった。
でも、それは、その友達といつでも会えるから。
会えなくても、その人が私の近くにいると知っているから。
年賀状がなくても、その人がここにいるという証しが、他にあるから。
でも、その証しが、年賀状にしか すがれないとしたら……。
*
今、浩平君は、大学入試に向けてラストスパートに入っている時期だ。
私と同じ大学に入るために。
あの日、守れなかった約束――『ずっと先輩のそばにいてやる』――を果たすために。
だから、私も約束する。
もう一生、浩平君を放さないよ。
浩平君を、一生束縛しちゃうよ。
いいよね……浩平君。
――完――
「ONE SSも書く」と宣言しておきながら、全然手付かず状態が続いてましたが、やっと初のONE SSが出来ました。
初のONE SSがみさき先輩物になったのは、私にとっては必然です。もともと みさき先輩に会いたくてONEを買ったようなもんですから。
「官製葉書に点字が書けるか」は、実際にやってみました(MooLingはなぜか点字器を持っています)。専用紙でないのにどうかとも思いましたが、適度な厚みが幸いして、少なくとも配達中に点が潰れて読めなくなる心配はなさそうです。
なお、「あけさして」は小説版によりました。原作では「あけめして」なのですが、いくら浩平でも、「ま」と「め」は間違えないでしょう。(下図参照)
※2002-12-01追記――点字部分のレイアウトを修正しました。
なお、これは余談ですが、本文中の「オネガイシマス」は、2001年に制定された最新の点字表記法では「オネガイ□シマス」と区切って書くように変更されています。
※2004-02-28追記――点字画像データを、社会福祉法人 日本ライトハウス様提供の墨点字フォントを使用して、綺麗に書き直しました。